第2話 雑用科の仕事はゴミ処理だった
雑用科の詰所は、王立魔導学園の“裏側”にあった。
正門からは見えない。
来賓用の回廊からも外れている。
地下へ降り、さらに古い石段を進んだ先――湿った空気と、鼻を刺す薬品臭が混じる場所。
そこが、俺の配属先だった。
「……ここが、雑用科?」
思わず呟くと、隣に立っていた年配の男が鼻で笑った。
「正確には“雑用科残務処理班”だ。
まぁ、分かりやすく言えば――ゴミ捨て場だな」
男の名は、グスタフ。
雑用科の監督役で、元は下級貴族だったらしい。
らしい、というのは――
今の彼は、貴族とは思えないほど擦り切れていたからだ。
「まずは説明だ。
この学園では、毎日のように“失敗”が出る」
グスタフは壁に掛けられた掲示板を指した。
そこには、今日の作業内容が乱雑に貼られている。
・第三実験棟 魔導回路破損
・錬成科 素材暴走事故
・医務室 副作用対象一名
・武闘科 訓練用魔獣処理
どれも、物騒な文字ばかりだ。
「これらを処理するのが、お前の仕事だ。
危険? ああ、危険だとも。
だが安心しろ。雑用科の人間が死んでも、誰も困らん」
淡々と告げられる現実。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
最初の仕事は、第三実験棟だった。
錬成魔法の暴走事故。
破裂した魔導回路の破片が、床一面に散らばっている。
「触るなよ。まだ魔力が残ってる」
そう言われた直後、
同行していた別の雑用科生徒が、悲鳴を上げた。
「う、あ――っ!」
破片に触れた瞬間、魔力が逆流したのだろう。
彼の腕が、紫色に変色し、痙攣する。
「……あーあ」
教師は面倒そうに顔をしかめただけだった。
「そいつは医務室に運べ。
回復が無理なら……処理でいい」
処理。
それが、この学園での言葉だった。
命の価値を、削るための言葉。
俺は、黙ってその光景を見ていた。
怒りは、なかった。
悲しみも、薄かった。
代わりに、はっきりと“理解”があった。
(ここでは、人は道具だ)
才能ある者は、使い潰されるまで使われる。
才能のない者は、最初から消耗品。
その構造が、あまりにも完成している。
そして――
俺の視界には、またしても“数値”が見えていた。
事故を起こした教師の頭上。
【統治適性:D】
【責任転嫁率:高】
【部下消耗効率:S】
……なるほど。
人を使い潰す才能だけは、一流らしい。
次の仕事は、医務室だった。
ベッドの上には、若い女子生徒が横たわっている。
錬成魔法の副作用で、魔力回路が焼けたらしい。
「助かる見込みは?」
俺の問いに、白衣の神官が首を振った。
「ありません。
回復魔法は“才能”に依存しますから」
つまり、彼女には回復される価値がない。
「……では、雑用科。運びなさい」
彼女の手が、俺の服を掴んだ。
「……たすけ……」
その声は、かすれていた。
俺は、一瞬だけ躊躇い――
だが、何も言わずに視線を逸らした。
見えるからだ。
彼女の頭上にも、数値が。
【忠誠誘導値:SS】
【統治補助適性:A】
――惜しい。
だが、この学園では拾われない。
才能の測り方が、違うからだ。
その日の作業が終わった頃、
俺の服は汚れ、手は震えていた。
だが、心は奇妙なほど冷えている。
「どうだ、新入り」
グスタフが声をかけてきた。
「逃げ出したくなったか?」
俺は、首を横に振った。
「いいえ。……よく分かりました」
「何がだ?」
「この学園が、どういう仕組みで回っているか」
グスタフは、一瞬だけ目を見開き、
すぐに苦笑した。
「分かってしまったか。
なら、お前も長くは持たんぞ」
そう言って、背を向ける。
だが――
俺は、違った。
(見える、というのは――武器だ)
誰が使える。
誰が捨てられる。
誰が王に向いている。
ここでは誰も気づいていないが、
俺はすでに、未来の駒を見ている。
雑用科。
誰も価値を見出さない場所。
だからこそ――
ここから、すべてを拾い上げる。
俺は、静かに拳を握った。
この学園で、
最初に壊すべきものは――“常識”だ。
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