第15話 教会は、祝福という名の鎖を差し出す
王国監察官が去ってから、三日。
領地には、奇妙な静けさが戻っていた。
表向きは平穏。
だが、空気の奥に――“待ち”の気配がある。
(次は、教会だ)
そう考えていた矢先だった。
「……白い旗です」
見張り役の声に、俺は即座に顔を上げた。
丘の向こうから、ゆっくりと近づいてくる一団。
武装はない。
代わりに、白と金の法衣。
間違いない。
教会だ。
先頭に立つのは、若い女神官。
穏やかな微笑。
柔らかな声。
「はじめまして。
私は、聖教会巡察官のセリスと申します」
俺の視界に、数値が浮かぶ。
【聖教会巡察官】
【敵意:低】
【支配意図:高】
【信用度:測定不能】
(……厄介だな)
敵意が低い相手ほど、危険な場合がある。
「この地で、
魔物被害が減ったと聞きました」
セリスは、周囲を見渡す。
「人々も、落ち着いていますね。
神の導きがあったのでしょう」
その言葉に、老人たちがざわつく。
神。
祝福。
この辺境では、それだけで安心材料になる。
――だからこそ。
「本日は、その祝福を正式な形にするため、参りました」
来た。
「祝福、ですか」
俺は、あえて確認する。
「はい」
セリスは、にこやかに頷いた。
「この領地を、
聖教会の保護下に置く提案です」
空気が、変わる。
保護。
それは、救済を装った支配の言葉だ。
「具体的には?」
「定期的な祈祷。
教会施設の設置。
そして――」
一拍、置く。
「十分の一献金」
十分の一。
つまり、収穫と収入の一割。
重い。
だが、支払えない額ではない。
(だからこそ、罠だ)
「その代わり」
セリスは、声を柔らかくする。
「魔物除けの結界。
治療の提供。
王国への“口添え”」
最後の一言が、核心だ。
教会が味方につく。
それは、王国に対する強力なカードになる。
領民たちの表情が、揺れる。
「……それは、ありがたい話では?」
誰かが、呟いた。
俺は、頷かなかった。
「確認させてください」
俺は、静かに言う。
「保護下に入った場合、
この地の運営に、教会はどこまで関与しますか?」
セリスは、一瞬だけ目を伏せ――
すぐに微笑んだ。
「必要に応じて、助言を」
その言葉の裏が、見える。
【実権移行率:段階的上昇】
【拒否時圧力:中】
(やはり)
すぐに奪わない。
少しずつ、絡め取る。
気づいた時には、首輪が完成している。
「……悪くない条件です」
俺がそう言うと、
セリスの目が、僅かに輝いた。
「ですが」
間を置く。
「このままでは、受けられません」
空気が、張り詰める。
「理由を、伺っても?」
「簡単です」
俺は、はっきりと言った。
「この領地は、まだ完成していない」
セリスが、首を傾げる。
「完成、とは?」
「自立です」
その一言に、場が静まった。
「教会の保護は、
弱い土地には、必要でしょう」
視線を、領民に向ける。
「だが、ここは――
弱さを脱しつつある」
俺は、続ける。
「今、保護を受ければ、
この地は“教会の土地”になる」
それは、事実だ。
「俺は、
この地を“自分たちの土地”にしたい」
沈黙。
セリスは、しばらく俺を見つめ――
やがて、静かに笑った。
「……なるほど」
その笑みは、先ほどとは違っていた。
「あなたは、
祝福を拒むのではなく、
選ぶ立場に立ちたいのですね」
正解だ。
「では、こうしましょう」
セリスは、提案を変えた。
「即時の保護ではなく、
準保護という形で」
「内容は?」
「結界と治療のみ提供。
献金は、任意」
随分、譲歩したように見える。
だが――
俺は、最後まで聞いた。
「その代わり」
「将来、正式な保護を検討する際、
優先交渉権をいただきたい」
やはり、そう来る。
(だが――悪くない)
拒否すれば、教会は敵になる。
受けすぎれば、飲み込まれる。
なら――
距離を保ったまま、利用する。
「分かりました」
俺は、頷いた。
「その条件で」
領民たちが、安堵の息を吐く。
セリスも、満足そうに微笑んだ。
「賢明な判断です」
だが――
その目は、完全に油断していない。
お互い様だ。
夜。
ミレイアが、小さな声で言う。
「……教会、怖いですね」
「ああ」
俺は、即答した。
「王国より、ずっと」
王国は、利益で動く。
教会は、正義で動く。
正義ほど、
人を縛るものはない。
「でも――」
ミレイアが、続ける。
「今回は、負けてないですよね?」
「負けてない」
俺は、はっきり言った。
「首輪を差し出されたが、
まだ、繋がれてはいない」
そして、心の中で付け足す。
(むしろ――
こちらから引き寄せた)
焚き火の炎が、静かに揺れる。
王国。
教会。
商人。
三つの力が、
この小さな領地に触れ始めた。
それは、危険で――
同時に、機会だ。
(次は、選ばせる側に回る)
俺は、そう決めた。
守るだけの領地は、
いずれ奪われる。
だが――
奪う価値があり、
奪うと面倒な領地は、
簡単には潰されない。
ここからが、本当の勝負だ。
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