第13話 金の匂いは、外からやってくる
異変は、昼前だった。
「……人が来てます」
見張り役のドランが、丘の上から戻ってくる。
「三人。
武装は軽装。
でも、兵じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、
俺の頭の中で“可能性”が絞られた。
(商人、だな)
こんな辺境に、兵が三人だけで来る理由はない。
だが――
金の匂いを嗅ぎつける連中なら、話は別だ。
ほどなくして、三人組が領地の簡易柵の前に姿を現した。
粗末だが、清潔な服装。
腰には護身用の短剣。
目は、周囲を値踏みするように動いている。
中央に立つ男が、一歩前に出た。
「失礼。
この土地の管理者に、お話を伺いたい」
丁寧な口調。
だが、媚びはない。
視界に、数値が浮かぶ。
【職業:行商人】
【交渉成功率:高】
【利益優先度:極高】
(当たりだ)
「俺が、管理者だ」
そう名乗ると、男は一瞬だけ目を見開いた。
「……随分、若い」
「よく言われる」
軽く返す。
男は、すぐに表情を整えた。
「私は、トルバ。
周辺を回る小規模商隊の代表です」
「用件は?」
「噂を聞きまして」
その一言で、確信する。
もう、この領地は“外に知られている”。
「最近、この辺境で
魔物の被害が減ったと」
トルバは、周囲を見渡す。
「それに、夜に灯りが増えた。
人が定着し始めている証拠です」
洞察力は高い。
「それで?」
「商売になりそうだと思った」
正直だ。
「食料。
加工品。
あるいは――人」
最後の言葉で、ミレイアの表情が強張る。
俺は、即座に線を引いた。
「人は、売らない」
トルバは、肩をすくめた。
「分かっています。
試しただけです」
この男、信用できる部分と危険な部分が、はっきりしている。
「取引の内容を聞こう」
そう言うと、トルバは懐から布包みを取り出した。
中身は――
塩、乾燥香草、鉄釘。
どれも、今の領地では貴重品だ。
「こちらからは、これを提供できる」
「代わりに?」
「食料。
それも、安定供給が可能なものを」
来たな。
俺は、少しだけ考える素振りを見せてから答えた。
「量は?」
「最初は、試験的に」
「価格は?」
「相場の七割」
悪くない条件だ。
だが――
それだけで終わらせるつもりはない。
「条件を追加する」
トルバの眉が、わずかに動く。
「独占は、認めない」
「ほう?」
「だが――
優先権は与える」
彼の頭上の数値が、跳ねる。
【関心度:上昇】
【長期取引意欲:高】
「具体的には?」
「この領地で生産される食料の三割を、
あなたの商隊に優先的に卸す」
「残りは?」
「他と取引する」
つまり、競争原理を持ち込む。
トルバは、すぐに理解した。
「……賢い」
小さく、笑う。
「価格は?」
「相場の八割。
その代わり、安定供給を約束する」
沈黙。
商人は、計算する生き物だ。
数秒後、トルバは頷いた。
「いいだろう」
――成立だ。
取引が終わった後、
ミレイアが小声で言った。
「……本当に、売れるんですね」
「売れるさ」
俺は、即答する。
「食料は、通貨より強い」
特に、王国が不安定な時代では。
その日の夕方。
トルバは、帰り際にこう言った。
「忠告しておきます」
「?」
「この領地、
近いうちに“嗅ぎ回られます”」
やはり、分かっている。
「王国か?」
「教会です」
即答だった。
「魔物被害が減った土地。
人が集まり始めた辺境。
――目をつけない理由がない」
俺は、頷いた。
「感謝する」
「こちらこそ」
トルバは、意味深に笑う。
「次に来る時は、
もっと大きな話を持ってくるかもしれません」
そう言い残し、去っていった。
夜。
焚き火の前で、仲間たちが集まる。
「……お金が、回り始めましたね」
ミレイアの声は、少し弾んでいる。
「だが、同時に――」
ドランが、険しい顔で言う。
「目立った」
「ああ」
否定しない。
「だが、避けられない」
領地経営において、
隠れる=衰退だ。
「なら、準備するだけだ」
俺は、地図を広げる。
「次に来るのは、徴税か、視察か、干渉」
どれでもいい。
「来た相手に合わせて、
使う顔を変える」
仲間たちが、黙って頷く。
数値が、静かに確定する。
【経済循環:開始】
【外部注目度:上昇】
【領地危険度:上昇】
(……いいバランスだ)
金が入り、
人が動き、
敵が近づく。
それはつまり――
物語が、次の段階に入ったということ。
俺は、焚き火の向こうを見つめる。
学園は、終わった。
生存も、確保した。
次は――
奪われないための力を作る。
それは、剣でも魔法でもない。
――仕組みだ。
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