第12話 最初の仕事は、食料だった
翌朝、領地は奇妙な静けさに包まれていた。
魔物は去り、血の臭いも残っていない。
だが――安堵より先に、重たい現実が横たわっている。
食料だ。
倉庫の中で、ミレイアが帳簿代わりの板を見つめていた。
「……計算、終わりました」
「聞かせてくれ」
「今ある備蓄で、
全員が満腹になるのは……三日。
節約しても、七日が限界です」
俺は、頷いた。
(想定通りだ)
魔物より、飢えの方が早い。
「畑は?」
老人の一人が、首を振る。
「耕せる土地はあるが、
種も、人手も足りん」
「狩りは?」
「森は危険だ。
ウルグが戻る可能性もある」
つまり――
今ある手段では、延命しかできない。
ここで、選択肢は三つ。
1. 王国に支援要請(却下される)
2. 無理な狩猟で人を失う
3. 別の“食料源”を作る
俺は、即座に三番を選んだ。
「全員、集まってくれ」
簡素な広場に、人を集める。
領民たちの目には、不安が濃い。
俺は、はっきりと言った。
「食料が足りない」
どよめきが起きる。
だが、誤魔化さない。
「だから、全員で“作る”」
「作る……?」
ミレイアが、首を傾げる。
「畑じゃない」
俺は、地面を指す。
「増える作物だ」
この領地の地図を、頭の中で広げる。
湿地帯。
痩せた土壌。
だが――
水は、ある。
「この土地は、穀物に向いていない」
老人たちが、頷く。
「だが、水生作物なら話は別だ」
俺の視界に、過去に見た“失敗作”が浮かぶ。
学園の錬成科で、
「魔力過剰で使えない」と捨てられていた植物。
「**栄養藻**を育てる」
ざわめき。
「待て、それは――」
老人が、声を荒げる。
「苦い!
腹は膨れるが、誰も食わん!」
「知ってる」
だからこそ、誰も使っていない。
「だが、加工すれば話は別だ」
即席の実験が始まった。
栄養藻を乾燥させ、粉砕。
残っていた香草と混ぜ、薄焼きにする。
最初に口にしたのは、俺だ。
――不味い。
だが、食えないほどじゃない。
「……食える」
次に、ドラン。
ミレイア。
そして、老人たち。
「……腹は、確かに膨れるな」
「慣れれば……悪くない」
俺は、頷いた。
「三日で、味は改良できる」
味が目的じゃない。
飢えないことが、目的だ。
「だが――」
中年の男が、口を開く。
「全員が作業に出たら、
守りが手薄になる」
「なら、分ける」
俺は、即答した。
「作る者。
守る者。
管理する者」
視線を、ミレイアに向ける。
「管理は、君に任せたい」
「……私に?」
「数を正確に把握できる。
それが、最初の統治だ」
彼女の数値が、静かに跳ね上がる。
【役割定着:管理】
【自己評価:上昇】
次に、ドラン。
「守りは、お前だ」
「了解」
迷いはない。
老人たちには、栽培と加工を任せる。
――全員に、役割ができた。
その日の夕方。
焚き火の周りで、
領民の一人が、ぽつりと呟いた。
「……前の領主は、
『耐えろ』としか言わなかった」
俺は、答える。
「耐えるのは、死ぬ前提だ」
静かに。
「俺は、生きる前提で考える」
その言葉に、周囲の空気が変わった。
希望ではない。
計画だ。
数値が、また一つ、確定する。
【生産基盤:形成】
【領地安定度:微増】
(これでいい)
夜。
ミレイアが、帳簿を抱えて近づいてくる。
「……今日だけで、
三日分の食料が増えました」
「上出来だ」
「……本当に、やれる気がします」
その声には、もう怯えはない。
「やれる」
俺は、断言する。
「食料は、力だ」
兵より先に、
城より先に、
腹を満たすことが、支配の第一歩。
ここまで来たら、もう止まらない。
次に必要なのは――
人が増えても回る仕組み。
つまり、仕事だ。
(次は、金だな)
俺は、焚き火の向こうの闇を見る。
この領地は、まだ弱い。
だが――
弱さは、設計で覆せる。
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