第11話 最初の夜で、全てが決まる
夜は、音から始まった。
風でも、獣の鳴き声でもない。
――規則的な、重たい足音。
「……来ました」
見張りに立っていたドランが、低く告げる。
松明の明かりの向こう、
闇がゆっくりと“形”を持ち始めていた。
灰色の毛皮。
異様に発達した前脚。
牙の隙間から垂れる涎。
「……ウルグ種だ」
老人の一人が、震える声で言う。
「群れで来る。
しかも――知恵がある」
視界に、容赦ない数値が浮かぶ。
【魔物:ウルグ】
【脅威度:高】
【推定数:12】
【正面衝突生存率:18%】
(正面からは、無理だな)
こちらの戦力は、即席の槍と剣。
訓練も統率も、まだ足りない。
だが――
逃げ場も、ない。
「……戦いますか?」
ミレイアが、小さく聞く。
仲間たちの視線が、俺に集まる。
この瞬間だ。
ここでの判断が、
俺が“領主”か、“次の犠牲者”かを決める。
「戦わない」
俺は、即答した。
ざわり、と空気が揺れる。
「じゃあ、どうするんだ!?」
中年の男が、声を荒げる。
「このままじゃ――」
「聞け」
声を張る必要はなかった。
だが、不思議と全員が静まる。
「ウルグは、獲物を選ぶ」
視線を、魔物の群れに向ける。
「弱い場所。
逃げ場のない場所。
――そして、“守りがない場所”だ」
老人が、はっと息を呑んだ。
「……つまり」
「ここは、そう見えている」
なら、変える。
「ドラン」
「はい!」
「正面の柵を、わざと開けろ」
「なっ――!?」
驚きの声が上がる。
「その代わり、
左右の倉庫裏に火を焚け。
煙を強く出す」
ミレイアを見る。
「乾燥肉と、血の付いた布はあるか?」
「あります」
「全部、森と逆方向に投げろ」
一瞬の沈黙。
だが――
誰も、疑問を挟まなかった。
数値が、動く。
【指示信頼度:上昇】
【実行率:高】
(……いい)
作戦は、単純だ。
“ここは守られている”と誤認させ、
より楽な獲物を提示する。
ウルグは、賢い。
だからこそ、無駄なリスクは取らない。
火が上がる。
煙が、夜空に広がる。
血の匂いが、風に乗る。
群れが、ざわついた。
「……止まった?」
誰かが、呟く。
俺は、目を凝らす。
ウルグの先頭が、低く唸り――
進路を、変えた。
こちらではない。
森の反対側へ。
数秒後、
足音が、遠ざかっていく。
――静寂。
夜の闇が、元に戻る。
誰も、すぐには声を出せなかった。
「……行った?」
ミレイアの問いに、
老人が、ゆっくりと頷く。
「……行ったな」
次の瞬間――
息を詰めていた空気が、一気に解けた。
誰かが、座り込む。
誰かが、笑う。
誰かが、泣いた。
ドランが、俺を見た。
「……戦わずに、追い払った」
「正確には」
俺は、首を振る。
「戦場を、ずらした」
その夜、誰も死ななかった。
それだけで、この領地にとっては奇跡だ。
焚き火の周りで、領民たちが集まる。
先ほどまで俺を警戒していた中年の男が、
深く頭を下げた。
「……あんた、何者だ」
俺は、正直に答える。
「元・雑用科だ」
一瞬、沈黙。
そして――
老人が、声を上げて笑った。
「はは……なるほどな」
「?」
「この土地はな、
強い領主じゃなく、
生き残れる領主を待ってたんだ」
その言葉と同時に、
俺の視界が、静かに変わった。
【信頼度:定着】
【領民帰属率:上昇】
【統治基盤:形成開始】
(……掴んだな)
最初の一夜。
最初の判断。
ここで、すべてが決まった。
ミレイアが、焚き火を見つめながら言う。
「……ここ、守れますね」
「ああ」
俺は、頷く。
「守れる。
そして――増やせる」
人も。
資源も。
影響力も。
この領地は、弱い。
だが――
弱いからこそ、作り変えられる。
俺は、夜空を見上げる。
学園は、俺を捨てた。
王国は、ここを捨てた。
なら――
ここから、奪い返すだけだ。
最初の夜は、越えた。
次は――
この領地を、他が欲しがる場所にする。
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