第10話 領地の現実は、想像より酷かった
最初に鼻を突いたのは、土の匂いだった。
湿っているわけでもない。
豊かでもない。
ただ――長い間、放置されていた土地の匂い。
「……ここが、俺たちの領地ですか」
ミレイアが、小さく呟いた。
目の前に広がるのは、崩れかけた柵と、雑草に覆われた平地。
建物と呼べるものは、辛うじて屋根の形を保っている石造りの倉庫が一棟だけ。
人の気配は、ない。
俺の視界に、無慈悲な数値が並ぶ。
【人口:17(定住者)】
【可動人員:9】
【食料備蓄:7日分】
【治安:崩壊】
【魔物侵入率:高】
【税収:ゼロ】
「……ひどいですね」
ドランが、率直に言った。
「学園が“荒れている”って言ってたのは、嘘じゃないな」
「嘘ではない。
ただし、過小評価だ」
これは荒れている、というレベルじゃない。
放棄されている。
王国にとって、この領地はすでに“地図上の数字”でしかない。
唯一の建物に近づくと、扉が軋みながら開いた。
中にいたのは、老人が二人と、痩せた中年の男。
警戒心むき出しの目。
「……誰だ」
中年の男が、低い声で問いかける。
「領主代理だ」
俺は、簡潔に答えた。
「名は、レイン・アルト」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、老人の一人が苦く笑った。
「……またか」
「?」
「若いのが来ては、数ヶ月で消える。
お前で、何人目だろうな」
視界に、数値が浮かぶ。
【忠誠誘導値:低】
【期待値:ゼロ】
【生存優先度:最大】
(当然だな)
ここでは、希望は命取りになる。
「まず、聞きたい」
俺は、周囲を見回しながら言った。
「なぜ、人がいない?」
中年の男が、吐き捨てるように答える。
「魔物だ。
夜になると、森から出てくる」
「兵は?」
「いない」
「教会は?」
「来た。
祝福をして、帰った」
それだけで、十分だった。
この領地は、
守られていない。
外に出ると、仲間たちが集まってきた。
「……どうします?」
ミレイアの声は、冷静だが、わずかに緊張している。
俺は、深く息を吸った。
(問題は多い。だが――)
一つずつ、整理する。
「食料は七日分。
魔物は夜に出る。
人は少ないが、逃げていない」
指を一本、立てる。
「つまり――
ここは、まだ“終わっていない”」
仲間たちが、俺を見る。
「終わっている土地は、人が残らない」
老人たちの顔が、わずかに動いた。
「残っているということは、
生きる理由がある」
そして――
俺は、はっきりと言った。
「ここは、再生可能だ」
その日のうちに、やることは山ほどあった。
まず、夜を越える準備。
「ドラン。
戦える者を集めろ。
武器は……あるものを使う」
「了解」
「ミレイア。
食料と倉庫の在庫を全部洗い出してくれ」
「はい」
自然と、指示が飛ぶ。
誰も疑問を挟まない。
視界に、新しい数値が浮かぶ。
【指揮系統:確立】
【集団機能率:上昇】
(……いい)
学園ではできなかったことが、
ここでは、当たり前にできる。
日が沈み、辺境に夜が落ちる。
遠くで、獣の咆哮。
「……来ますね」
ミレイアが、呟く。
「ああ」
俺は、頷いた。
初日から、洗礼か。
だが――
これは、悪くない。
危機は、人を結束させる。
「聞いてくれ」
俺は、皆の前に立つ。
「俺は、王族でも英雄でもない」
事実だ。
「だが、ここでは俺が責任を取る」
その言葉に、数値が揺れる。
【信頼度:上昇】
【帰属意識:形成中】
「今日、生き残る。
それだけでいい」
誰も、笑わなかった。
だが――
誰も、逃げなかった。
夜の闇の向こうで、何かが動く。
魔物だ。
(さて)
俺は、静かに思う。
学園は、終わった。
政治ごっこも、終わった。
ここから先は、
生きるか、死ぬか。
そして――
生き残った者だけが、
次の一手を打てる。
俺は、拳を握る。
この領地は、最底辺だ。
だが――
最底辺から始めるには、十分すぎる舞台だった。
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