第14話 拒否して女王から逃げ切れた……はずでしたわ
第14話 拒否して女王から逃げ切れた……はずでしたわ
その日は、
歴史に残らなかった。
――残らなかったことが、
最大の事件だった。
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「……正式に」
評議会議長が、
硬い声で告げる。
「ローゼンクロイツ嬢は、
女王就任の意思を
持たない」
その瞬間。
広間にいた全員が、
ほんの一瞬だけ――
静止した。
ざわめきもない。
反論もない。
ただ、
「そうか」と
全員が一度、
飲み込んだ。
⸻
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
胸の内で
静かに拳を握った。
(勝ちましたわ)
(完全勝利ですわ)
(これで、
女王ルートは
消滅です)
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「改めて申し上げます」
彼女は、
はっきりと宣言する。
「わたくしは、
王妃にも」
「女王にも」
「なりません」
「誰の隣にも
立ちませんし」
「玉座にも
座りません」
「悪役令嬢は、
自由であるべきですわ」
(※理想論)
⸻
沈黙。
数秒後。
評議会議長が、
ゆっくりと頷いた。
「……承知しました」
(え?)
エリザベートは、
内心で首を傾げる。
(引き下がりましたわね?)
(こんなに
あっさり?)
⸻
王城を出る馬車の中。
「……殿下」
エリザベートは、
窓の外を見ながら言った。
「終わりましたわね」
アレクシス王太子は、
妙に疲れた顔で
頷く。
「……形式上は」
「形式上?」
「うん」
(嫌な言い方ですわ)
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その日の夕方。
王都は、
驚くほど静かだった。
暴動もない。
抗議もない。
混乱もない。
ただ――
何も変わらない。
市場は回り、
会議は進み、
国境は穏やか。
(……あら?)
⸻
黒薔薇会。
「……エリザベート様」
マルグリットが、
慎重に聞く。
「本当に……
逃げ切れました……?」
「ええ」
エリザベートは、
胸を張る。
「完璧に」
クレアが、
資料を一枚
机に置いた。
「では、
こちらを」
そこには、
こう書かれていた。
《暫定判断基準:
従来通り
ローゼンクロイツ方式を採用》
「……?」
「女王ではありません」
「ただし」
「最終判断基準は
変更されていません」
エリザベートは、
固まった。
⸻
リリアが、
元気よく言う。
「女王じゃないけど!」
「全部、
エリザベート様基準ですね!!」
「それは
女王と
何が違うのですの!?」
⸻
フローラが、
ふわっと微笑む。
「でもぉ……
“役職がない”分」
「もっと
自由ですよぉ……?」
エリザベートは、
はっとした。
(……あ)
(肩書きがない)
(責任だけが
残っている)
(これは……)
⸻
その夜。
エリザベートは、
日記に書いた。
《女王就任、
拒否成功》
一行空けて、
こう付け足す。
《ただし》
《判断基準は
引き続き
わたくし》
ペンを置き、
深く息を吐く。
「……逃げ切れましたわよね?」
その問いに、
答える者はいない。
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翌朝。
王城に掲示された
新しい文書。
《女王制検討:
現状維持》
――現状とは、
誰の現状か。
その説明は、
どこにも書かれていなかった。
⸻
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
確かに――
女王にはなっていない。
だが。
世界は、
彼女を
“女王がいない前提の女王”として
扱い始めていた。




