第11話 国境が消えました。民衆の力で。あと、教団ができてますわ
第11話 国境が消えました。民衆の力で。あと、教団ができてますわ
異変は、
宣言も、命令もなく始まった。
むしろ――
誰にも止められなかった。
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最初に気づいたのは、
国境の役人だった。
「……あれ?」
「今日、
人の流れが
おかしくないか?」
検問所はある。
書類もある。
規則も、国章も、確かにある。
だが――
誰も揉めない。
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「その荷は?」
「芋です」
「どこから?」
「向こうです」
「……通っていい」
「ありがとう」
終わり。
(……終わり?)
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数日後。
国境線付近では、
こんな光景が当たり前になっていた。
・市場が自然発生
・通貨が混ざる
・言葉が交じる
・喧嘩が起きない
理由は、
驚くほど単純だった。
「ローゼンクロイツ様が
言ってたじゃないか」
「“境界は判断基準であって、
壁じゃない”って」
「……言ってたか?」
「言ってた気がする」
(※言っていない)
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王城。
「……殿下」
側近が、
青い顔で報告する。
「国境付近で、
事実上の往来自由化が
起きています」
「……誰の指示だ?」
「民衆です」
「……は?」
「ローゼンクロイツ様の
発言を“理念”として
解釈した結果かと」
アレクシス王太子は、
机に突っ伏した。
(理念化、
した覚えはない)
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同時期。
もう一つ、
より厄介な異変が起きていた。
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「……エリザベート様」
黒薔薇会で、
マルグリットが
震える声で切り出す。
「これ……
見てください……」
差し出されたのは、
一枚の紙。
そこには、
堂々と書かれていた。
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《エリザベート教・教義(暫定)》
・嘘をつくな
・誤魔化すな
・空っぽの麦を売るな
・判断から逃げるな
・嫌われ役を恐れるな
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「……教?」
エリザベートは、
目を細めた。
「宗教、ですの?」
「はい……」
フローラが、
おずおずと言う。
「街でぇ……
“エリザベート様の教え”
って呼ばれてますぅ……」
「待ってくださいまし」
エリザベートは、
机を叩いた。
「わたくし、
神ではありません」
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クレアが、
冷静に続ける。
「信仰対象ではなく、
行動規範として
扱われています」
「“安心して従える基準”
だそうです」
「……基準?」
「はい」
「判断に迷ったら、
“ローゼンクロイツなら
どう言うか”
を考えるそうです」
エリザベートは、
言葉を失った。
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街では、
すでに定着していた。
「それ、
エリザベート様的に
どうよ?」
「それは
アウトだろ」
「芋を食え」
(芋が聖句扱い)
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リリアが、
目を輝かせて叫ぶ。
「すごいです!!」
「もう
教祖ですよ!!」
「違いますわ!!」
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その日の夕方。
王城に、
正式な報告が届く。
「国境周辺の治安、
改善しています」
「犯罪率、
減少」
「交易量、
増加」
「宗教的対立、
発生していません」
「……なぜだ」
殿下の声が、
かすれる。
「教義が
現実的すぎるため
だそうです」
(神話ゼロ)
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夜。
エリザベートは、
日記を開いた。
《国境が
なくなりつつあります》
《教団が
できています》
しばらく考えて、
こう書いた。
《悪役女王は、
信仰を
集めてはいけません》
《これは
完全に
失敗です》
ペンを置き、
頭を抱える。
「……崇めないで
くださいまし……」
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だが。
民衆は、
今日も静かに言う。
「大丈夫だ」
「エリザベート様が
いる」
それは、
祈りではない。
確信だった。




