第6話 止まらない時計
第6話 止まらない時計
その噂は、
最初は冗談として広まった。
「ローゼンクロイツ様の時計、
まだ完成していないのに
“止まらない”らしい」
「いやいや、
時計は完成してから
動くものだろう?」
誰もが、
そう思っていた。
――完成するまでは。
⸻
王城地下の工房。
そこには、
昼夜を問わず
灯りがともっていた。
「……おかしい」
老職人が、
額の汗を拭う。
「設計通りに組めば、
確かに動く」
「だが……」
「止めどきが、
見つからない」
若い職人が、
目を輝かせて言う。
「親方!」
「この脱進機、
改良できます!」
「理論上、
誤差が
ほぼ消えます!」
「……ほぼ、だと?」
「はい!」
「“限りなくゼロ”です!」
(この国、
何を目指している)
⸻
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
その様子を
少し離れた場所から
眺めていた。
(……いい具合ですわ)
(浪費、
贅沢、
無駄の極み)
(完全に、
悪役です)
彼女の評価は、
まったく逆方向へ
進んでいることを、
この時点では
まだ理解していない。
⸻
数日後。
時計は、
完成していないにもかかわらず、
“時を刻み続けていた”。
試作品。
仮組み。
調整段階。
それでも、
秒針は止まらない。
「……止まらないな」
「……止まりませんね」
「……止める理由、
ありますか?」
職人たちは、
沈黙した。
(止める理由がない)
⸻
問題は、
そこからだった。
王城の鐘楼。
「時刻合わせ、
完了です」
そう言って
基準にされたのが、
――その時計だった。
「え?」
「え?」
「……あの時計を?」
誰かが
言葉を失った。
⸻
だが、
事実として。
その日から、
王都の鐘は
狂わなくなった。
・開門時間
・市場の開始
・会議の進行
・裁判の開始
すべてが、
正確になった。
「……最近、
無駄な待ち時間が
減ったな」
「仕事が、
進みやすい」
そんな声が、
広がり始める。
⸻
王城。
「……殿下」
側近が、
疲れた声で報告する。
「例の時計ですが」
「王都の時刻基準として
正式採用されました」
「……なぜだ」
「止まらないからです」
「……それだけ?」
「それだけです」
アレクシス王太子は、
机に額をつけた。
(悪役浪費のはずが、
インフラになった)
⸻
黒薔薇会。
「……エリザベート様」
マルグリットが、
そっと言う。
「その時計……
国中で使われてます……」
「ええ」
エリザベートは、
紅茶を飲む。
「止まらないものは、
嫌われやすいですわ」
クレアが、
即座に否定する。
「逆です」
「“信頼される基準”に
なっています」
「……信頼?」
「はい」
リリアが、
拳を握る。
「カッコいいです!!」
「悪役女王っぽいです!!」
「……どこが?」
⸻
その夜。
エリザベートは、
日記に書いた。
《時計は止まりません》
《予定通りですわ》
少し考えて、
こう付け足す。
《止まらないものは、
不安を生むはずです》
《……なぜ、
安心されているのでしょう》
ペンを置き、
彼女は天井を見上げた。
「……悪役って」
「想定通りに
進みませんわね」
その呟きと裏腹に。
国の時間は、
今日も正確に
進んでいる。
彼女の時計を基準に。




