第5話 悪役の教科書は歴史にありましたわ
第5話 悪役の教科書は歴史にありましたわ
その日の黒薔薇会は、
いつになく静かだった。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
机に広げた一冊の本を、
真剣な顔で読み込んでいる。
「……なるほど」
「これですわね」
マルグリットが、
おずおずと覗き込む。
「え、ええと……
“マリー・アントワネット”様……?」
「ええ」
エリザベートは、
ページを指で叩いた。
「歴史に名を残す、
誤解されがちな悪役女性」
「しかも」
「奢侈、浪費、
民衆との断絶――」
「完璧ですわ」
(どこが)
⸻
クレアが、
冷静に補足する。
「史実では、
かなり誇張されています」
「実際には――」
「そこは重要ではありませんわ」
即遮断。
「大衆にどう見えたか」
「それが、
悪役の本質ですのよ」
(使い方が間違っている)
⸻
エリザベートは、
さらに読み進め、
満足そうに頷いた。
「……ほら」
「ブレゲの時計」
「王妃のために
作られた、
世界最高峰の懐中時計」
「注文から完成まで
数十年」
「値段は天文学的」
フローラが、
目を丸くする。
「す、すごいですぅ……
完全に、
悪役ですねぇ……」
「でしょう?」
エリザベートは、
胸を張った。
「これですわ」
「民衆が飢えている中で、
とんでもなく高価な時計を
気にする王妃」
「悪役の完成形ですわね」
(方向性が不穏)
⸻
リリアが、
勢いよく手を挙げる。
「じゃあ!
エリザベート様も
超高級な時計を
注文するんですね!?」
「ええ」
「しますわ」
即答だった。
セシリアが、
嫌な予感しかしない声で言う。
「……何のために?」
「悪役のために、ですわ」
(理由が最悪)
⸻
数日後。
王城に、
とんでもない噂が流れた。
「ローゼンクロイツ様、
時計職人を呼び寄せたらしい」
「しかも、
条件が異常だとか……」
「“百年後でも
動くものを”
だそうだ」
⸻
工房。
「……要求を
整理してもよろしいでしょうか」
職人が、
震える声で確認する。
「精度は最高」
「修理可能性は未来まで」
「装飾は抑えめ」
「だが構造は
極限まで複雑に」
「……これは」
「芸術品、です」
エリザベートは、
頷いた。
「ええ」
「悪役は、
時代を超えて
語られなければ
なりませんもの」
(語られ方が違う)
⸻
その日の夕方。
王太子アレクシスは、
報告書を読み、
頭を抱えた。
「……高級時計?」
「はい」
「職人曰く、
“国家遺産級の構想”だと」
「……浪費では?」
側近は、
言葉を選ぶ。
「ええ、
表面的には」
「ですが……」
「職人育成」
「技術継承」
「国外からの
注目度向上」
「すでに
弟子入り志願が
殺到しています」
「……」
殿下は、
黙り込んだ。
(まただ)
(悪役のつもりで、
国家基盤を
作っている)
⸻
黒薔薇会。
「……エリザベート様」
マルグリットが、
小さく言う。
「それ、
すごく……」
「ひどい浪費、
ですよね……?」
「ええ」
エリザベートは、
即答した。
「完璧ですわ」
クレアが、
淡々と告げる。
「時計技術の
水準が跳ね上がっています」
「国外からの
職人交流も始まりました」
「評価、
さらに上昇」
「……なぜですの?」
本気の疑問だった。
⸻
その夜。
エリザベートは、
日記に書く。
《マリー・アントワネット様は、
誤解されやすい》
《ブレゲの時計は、
歴史の象徴》
少し考え、
こう付け足す。
《同じことをしているのに、
なぜか褒められます》
《納得がいきません》
ペンを置き、
ため息をつく。
「……悪役って、
難しいですわね」
その理解が、
また一つ、
国の文化水準を
引き上げたことを――
彼女は、
まだ知らない。




