第34話:なぜこの場所に戻るの!
第34話:なぜこの場所に戻るの!
その日は、
あまりにも“普通”に始まった。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
いつも通り目を覚まし、
いつも通り紅茶を飲み、
そして――
「本日は、
最終確認の日でございます」
(来ましたわね)
(最終断罪)
エリザベートは、
静かに立ち上がった。
「……ええ」
「覚悟は、
できておりますわ」
侍女は、
なぜか少し泣きそうな顔で頷いた。
(その反応、
やめてくださいません?)
⸻
広間は、
見覚えのある顔ばかりだった。
評議会の面々。
王城の重鎮。
そして――
アレクシス王太子。
誰一人、
“裁く顔”をしていない。
それが、
一番怖い。
「……ローゼンクロイツ嬢」
年配の評議員が、
穏やかに口を開く。
「本日は、
最終的な確認です」
(はいはい、
最後の確認ですわね)
エリザベートは、
背筋を伸ばした。
⸻
「あなたは、
婚約を自ら破棄しました」
「それでもなお、
混乱は起きなかった」
「判断は早まり、
争いは減りました」
エリザベートは、
心の中で叫ぶ。
(それは、
私のせいではありませんわ!)
⸻
「王妃候補としての扱いも、
拒否されました」
「それでも、
支持は揺らがなかった」
「むしろ――」
評議員は、
一度言葉を切る。
「“逃げない覚悟がある”と
評価されました」
エリザベートは、
ついに声を上げた。
「逃げましたわ!」
「全力で!」
「これ以上ないほど
分かりやすく!」
広間が、
一瞬だけざわついた。
だが、
誰も否定しない。
⸻
アレクシス王太子が、
一歩前に出る。
「……だからこそだ」
「君は、
この場所に縛られない」
「縛られないから、
戻ってきたときの言葉が
信じられる」
エリザベートは、
頭を抱えた。
「理屈が、
おかしいですわ!」
「悪役令嬢は、
嫌われて終わる存在ですのよ!」
「なぜ――」
⸻
その瞬間。
評議会の全員が、
一斉に立ち上がった。
「ローゼンクロイツ嬢」
「我々は、
あなたを――」
一拍。
「王妃として迎えたい」
静寂。
完璧な静寂。
⸻
エリザベートの思考は、
完全に停止した。
数秒後。
彼女は、
ゆっくりと顔を上げ、
そして――
全力で叫んだ。
⸻
「なぜこの場所に戻るの!!
悪役令嬢なのに!!」
⸻
沈黙。
次の瞬間。
誰かが、
小さく笑った。
それを皮切りに、
広間は――
温かな空気に包まれる。
「そこが、
あなたらしい」
「最後まで、
自分を曲げない」
「だからこそ」
「この国は、
あなたを選びます」
⸻
エリザベートは、
力なく椅子に座り込んだ。
「……納得できませんわ」
「一つも」
アレクシス王太子は、
苦笑しながら手を差し出す。
「それでいい」
「納得しなくていい」
「君は、
最後まで
悪役令嬢でいればいい」
エリザベートは、
その手を見つめ、
小さくため息をついた。
「……悪役令嬢が、
王妃ですって」
「聞いたこと、
ありませんわ」
殿下は、
静かに答える。
「だから、
国が持つ」
⸻
その日。
王城に、新たな記録が残った。
《王妃就任の言葉》
――
「納得はしていない」
だが。
その不満げな表情と、
最後まで折れなかった背筋は――
史上もっとも支持された王妃として、
永く語り継がれることになる。
⸻
そして今も。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
王妃の椅子に座りながら、
本気で思っている。
(……いつか、
完璧な悪役になってみせますわ)
その夢が叶う日は、
きっと来ない。
だが――
誰も困らない。
⸻
完。




