第33話:前提として扱われる日常(※本人は未承諾)
第33話:前提として扱われる日常(※本人は未承諾)
その朝。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
目覚めた瞬間から違和感を覚えていた。
(……部屋が、静かすぎますわね)
扉を開けると、
そこには侍女が三人。
全員、やけに姿勢がいい。
「おはようございます、
ローゼンクロイツ様」
「……ええ」
(人数、
増えてません?)
気のせいだろう、と自分に言い聞かせたその時。
「本日の予定でございます」
差し出されたのは、
見覚えのない予定表だった。
⸻
《午前:王都視察》
《昼:評議会補助会合》
《午後:殿下との意見交換》
《夕刻:調整》
(……調整?)
「……これは?」
「王妃候補用の予定表です」
(即答)
エリザベートは、
一拍おいてから聞き返した。
「……誰の?」
「ローゼンクロイツ様の」
(私、
まだ何も承諾してませんわよね!?)
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王都視察。
街は平和だった。
あまりにも平和すぎた。
「ローゼンクロイツ様、
この税制案について
どうお考えでしょう」
商人が、
当然のように聞いてくる。
「……当然のように
聞かれていますわね」
「はい」
「当然ですので」
(そういう問題ではありませんわ)
エリザベートは、
反射的に答えてしまった。
「短期的には利益が出ますが、
長期的には反発を招きますわ」
「では、
修正いたします」
(即採用)
(あれ?
今の、
悪役ムーブのつもりでしたのに)
⸻
昼。
評議会補助会合。
席に置かれていた名札を見て、
エリザベートは固まった。
《王妃候補:ローゼンクロイツ》
「……」
そっと、
裏返した。
(見なかったことに)
だが五秒後。
「ローゼンクロイツ様、
ご意見を」
(見なかったことに
できませんでしたわ)
⸻
午後。
回廊でアレクシス王太子と遭遇。
「……忙しそうだな」
「殿下のせいですわ」
即答だった。
「私は、
戻るつもりはありませんでしたのに」
殿下は、
どこか諦めた顔で言う。
「知っている」
「だが、
君が拒否するたびに」
「周囲は
“王妃らしい”と
思ってしまうらしい」
「……迷惑ですわね」
「非常に」
二人の意見は、
完全に一致していた。
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夕方。
黒薔薇会との茶会。
「……エリザベート様」
マルグリットが、
おずおずと聞く。
「もう、
“候補”じゃないですよね……?」
エリザベートは、
紅茶を置いた。
「ええ」
「前提ですわ」
「前提!?」
リリアが、
勢いよく立ち上がる。
「悪役なのに!?」
「ここまで
自然に組み込まれてどうするんですか!?」
クレアが、
淡々と告げた。
「拒否が
イベント扱いされてます」
「拒否するたび、
評価が加算されています」
「詰みです」
セシリアは、
遠い目をした。
「ここまでくると、
もはや才能よ」
⸻
その夜。
エリザベートは、
自室の椅子に深く座り込み、
天井を見上げた。
「……なぜ」
「なぜ、
この場所に戻るのかしら」
婚約は破棄した。
役目も拒んだ。
それなのに。
明日の予定表は、
もう更新されている。
「悪役令嬢なのに……」
誰も、
答えてくれない。
だが一つだけ、
はっきりしていることがあった。
この城は、
この国は――
彼女を“外側”に置く気が、
一切ない。
⸻
翌朝。
新しい通達が出る。
《王妃候補関連案件は、
従来通り
ローゼンクロイツ様を基準とする》
エリザベートは、
それを読んで小さく呟いた。
「……基準」
「悪役令嬢が?」
その問いに、
誰も疑問を挟まなかった。
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