第32話:宣告と、宣告ではないもの
第32話:宣告と、宣告ではないもの
その呼び出しは、
あまりにも丁寧だった。
王城から届いた文書は、
命令でも、通達でもない。
「ご意見を伺う場を設けたく存じます」
その一文だけが、
淡々と記されている。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
それを読み、静かに頷いた。
(……来ましたわね)
(ついに、
断罪の場ですわ)
⸻
広間は、
驚くほど静かだった。
重厚な扉の向こうに待っていたのは、
王太子アレクシスと、
評議会の代表数名。
誰も、
厳しい顔をしていない。
それが、
逆に不気味だった。
「……ローゼンクロイツ嬢」
年配の評議員が、
穏やかに口を開く。
「本日は、
あなたの意思を
確認したく」
(確認)
(最後の確認ですわね)
エリザベートは、
背筋を伸ばした。
「覚悟は、
できておりますわ」
その言葉に、
数名が一瞬だけ
表情を曇らせた。
⸻
「まず、
お伝えします」
評議員は、
書面を手に取る。
「あなたは、
正式に――」
エリザベートは、
息を整えた。
(来ますわ)
(ここで、
すべて終わりますの)
「――王妃候補として、
名を挙げられました」
一瞬、
時間が止まった。
「…………?」
エリザベートの思考は、
完全に停止した。
「……候補?」
「はい」
「最終決定ではありません」
「ですが、
国として
正式に扱うことになります」
(……あら)
(処刑では、
ありませんの?)
⸻
沈黙が、
妙に長く続いた。
アレクシス王太子は、
その様子を見て、
そっと言葉を足す。
「これは、
評価だ」
「罰ではない」
エリザベートは、
思わず声を荒げた。
「評価……?」
「私が、
何をしたというのです!」
「婚約を破棄し」
「責任から逃げ」
「この立場を、
拒み続けましたのに!」
彼女の声は、
珍しく感情を帯びていた。
「それを……
なぜ、
評価と呼ぶのですか!」
広間は、
静まり返る。
そして、
評議員の一人が、
ゆっくりと答えた。
「それが、
“できる人間”だからです」
⸻
「多くの者は、
立場にしがみつきます」
「ですが、
あなたは手放した」
「その結果、
混乱が起きなかった」
「むしろ、
判断が速くなった」
エリザベートは、
唇を噛んだ。
(……最悪ですわ)
⸻
「ですから」
評議員は、
書面を差し出す。
「これは、
宣告ではありません」
「確認です」
「それでもなお、
この名を受ける覚悟があるか」
エリザベートは、
その紙を見下ろした。
そこに書かれているのは、
冷たい条文ではなく、
驚くほど配慮に満ちた文言。
(……逃げ道が、
一つもありませんわね)
彼女は、
深く息を吸った。
「……私は」
「王妃に、
向いておりません」
静かな声だった。
「それでも、
この名が
取り下げられないというのなら」
彼女は、
顔を上げる。
「悪役として、
受けますわ」
その瞬間。
誰も、
否定しなかった。
⸻
会議が終わり、
広間を出たあと。
廊下の空気は、
いつもと変わらない。
だが――
どこか違う。
視線は、
敬意に変わっていた。
エリザベートは、
思わず呟いた。
「……断罪されるはずでしたのに」
⸻
その夜。
王城から、
公式文が発表された。
「ローゼンクロイツ嬢を、
王妃候補として
正式に扱う」
反対の声は、
上がらなかった。
それは、
喝采でもない。
前提として、
受け入れられただけだった。
⸻
エリザベートは、
部屋で一人、
日記を開く。
《本日》
《断罪を覚悟しました》
《ですが、
違いました》
しばらく考え、
こう書き足す。
《これは》
《最も、
質の悪い罰ですわ》
そして、
最後に。
《なぜか》
《まだ、
終わっていない気がします》
彼女の予感は、
正しかった。
なぜなら――
これは終わりではなく、
「確定」への入口だったのだから。
⸻




