第31話:配慮という名の包囲
第31話:配慮という名の包囲
それは、
“命令”ではなかった。
“強制”でもなかった。
だからこそ、
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツにとっては
最悪だった。
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「……ご配慮、ですの?」
差し出された書面を見て、
エリザベートは一瞬、言葉を失った。
王城からの正式文書。
だが、そこに並んでいる言葉は
驚くほど柔らかい。
「王妃教育の“見学”」
「負担にならない範囲で」
「今後の参考として」
(……見学)
(参考)
(負担にならない範囲)
彼女は、
書面をそっと机に戻した。
「……殿下」
「これは、
罰ですわね?」
アレクシス王太子は、
真顔で首を振った。
「違う」
「最大限の、
配慮だ」
エリザベートは、
はっきりと眉をひそめた。
「その“配慮”が、
一番困るのですけれど」
⸻
初日の“見学”は、
信じられないほど穏やかだった。
厳しい指導もない。
叱責もない。
王妃教育担当の女官は、
丁寧に微笑みながら言う。
「本日は、
ただ流れをご覧になるだけで結構です」
(……怖い)
(何も言われない方が、
よほど怖いですわ)
エリザベートは、
背筋を伸ばして座った。
姿勢を正されることもない。
言葉遣いを直されることもない。
それどころか。
「……今の所作ですが」
女官が、
少しだけ声を落とす。
「非常に自然で、
美しいです」
「……?」
「長年、
王妃教育を受けてこられたかのようです」
エリザベートは、
思考を停止した。
(褒められましたわね)
(完全に、
罰ですわ)
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昼休憩。
黒薔薇会の面々が、
なぜか揃っていた。
「……どうでした?」
マルグリットが、
恐る恐る聞く。
「地獄でしたわ」
即答だった。
「誰も、
何も言わないのです」
「それは……」
クレアが、
眼鏡を押さえる。
「“完成している”扱いです」
「最悪ですわね」
セシリアが、
低く呟く。
「直すところがない人に、
教育はしないもの」
エリザベートは、
机に額を軽く当てた。
「私は……」
「悪役令嬢なのですのに……」
リリアが、
涙目で拳を握る。
「なのに、
王妃として完成してるって
言われるんですよね!?」
「そうですわ」
「完全に、
方向が違います」
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午後の“見学”は、
さらに悪化した。
外交儀礼の説明で、
女官がこう言った。
「こちらの対応は、
殿下がなさる前に
ローゼンクロイツ様が
調整されていましたね」
「……調整?」
「はい」
「殿下は、
安心して判断を
委ねていらっしゃいました」
エリザベートは、
ゆっくりと視線を逸らした。
(覚えが、
ありすぎますわ)
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その日の終わり。
エリザベートは、
一人で中庭に立っていた。
夕暮れが、
城を染めていく。
「……おかしいですわ」
「婚約を破棄して」
「戻らないと、
決めましたのに」
風が、
髪を揺らす。
それでも、
この場所は――
彼女を拒まない。
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その夜。
王城の内部文書に、
新たな一文が加えられた。
「王妃教育は、
“準備”ではなく
“確認”とする」
それを読んだ側近は、
小さく呟いた。
「……もう、
逃がす気がない」
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同じ頃。
エリザベートは、
日記を書いていた。
《本日》
《罰を受けました》
《とても丁寧な罰です》
ペンを止め、
強く書き足す。
《私は、
悪役令嬢なのです》
《この扱いは、
間違っています》
そして最後に、
小さく。
《……それでも》
《なぜか、
居心地が悪くありません》
書き終えたあと、
彼女は気づかないふりをした。
それが、
最も危険な兆候だということに。
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