第22話:成功の証として、もう一手ですわ
第22話:成功の証として、もう一手ですわ
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
鏡の前で扇子を開閉しながら、静かに頷いた。
「……よろしいですわ」
「ここまで来たら、
仕上げが必要ですの」
侍女は、
その言葉を聞いて
本能的に一歩下がった。
だが、
止める理由が見当たらない。
なぜなら、
エリザベートの表情が――
とても満足そうだったからだ。
(成功した時の顔ですわね……)
⸻
彼女の中で、
状況は完全に整理されていた。
・王都は騒がしい
・殿下は疲れている
・黒薔薇会は慌ただしい
・自分の周囲には距離と緊張感
――つまり。
(嫌われましたわね)
(恐れられ、
警戒され、
距離を取られている)
(悪役令嬢、
完成間近ですわ)
論理は完璧だった。
一点だけ、
現実と違うところを除けば。
⸻
「……ですが」
エリザベートは、
ふと真剣な顔になる。
「ここで止まっては、
“中途半端”ですわ」
そう。
悪役令嬢には、
決定打が必要なのだ。
噂。
恐怖。
距離。
それだけでは足りない。
――明確な“線引き”。
彼女は、
ゆっくりと微笑んだ。
「皆さまに、
分かりやすく示す必要がありますわね」
侍女は、
そっと聞き返した。
「……何を、でしょうか」
「“わたくしが、
味方ではない”ということですわ」
(……あっ)
⸻
その日の午後。
王都の社交界に、
一通の招待状が出回った。
差出人:
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツ
内容は簡潔。
――「お話しする機会を設けますわ」
――「覚悟のある方のみ、お越しください」
署名は、
異様に美しかった。
それを見た瞬間、
王都は凍りついた。
「……覚悟?」
「……選別?」
「……試される?」
誰も、
“行かない”という選択肢を取らなかった。
それが、
王都だった。
⸻
会場。
エリザベートは、
中央に立っていた。
いつもより、
少しだけ厳しい表情。
少しだけ、
距離のある微笑み。
完璧な――
悪役令嬢モード。
「……お集まりいただき、
ありがとうございますわ」
その声だけで、
空気が引き締まる。
(来ましたわね)
(この瞬間ですわ)
エリザベートは、
胸を張った。
「今日は、
皆さまに
“はっきり”お伝えします」
会場が、
息を呑む。
「わたくしは――」
一拍。
「皆さまの期待に、
応えるつもりはありません」
――沈黙。
(……?)
だが、
エリザベートは続けた。
「好かれようとも、
理解されようとも、
思っておりません」
「ですから」
扇子を、
パチンと閉じる。
「ついて来られない方は、
どうぞ、
距離を取ってくださいませ」
――完璧。
悪役令嬢として、
これ以上ない線引き。
エリザベートは、
内心でガッツポーズを決めていた。
(……勝ちですわ)
⸻
……しかし。
次の瞬間。
「……なるほど」
誰かが、
深く頷いた。
「これは、
覚悟の宣言ですね」
「迎合しない姿勢……」
「選ばれるのではなく、
選ぶ側に立つ……」
(……?)
エリザベートの
眉が、わずかに動いた。
「……勇気あるお言葉です」
「これほど明確に、
線を引ける方は
いませんわ」
「ついて行く覚悟のない者を、
無理に引き止めない……」
(……え?)
会場の空気が、
一気に尊敬寄りに傾いた。
「素晴らしいですわ」
「……ええ」
「ローゼンクロイツ様は、
本当に誠実……」
(……ちがいますわよ?)
⸻
遠くの壁際で、
黒薔薇会が全員、
固まっていた。
マルグリットは、
口を押さえている。
「……あの言葉、
完全に誤解されています……」
クレアは、
額に手を当てた。
「線引きが、
“指導者の器”として
解釈されました」
セシリアは、
深く息を吐く。
「……ああ」
「これ、
止めるタイミング、
完全に逃したわね」
セラフィーナは、
低く唸った。
「……やりすぎだ」
「でも、
本人は満足そうだ」
リリアは、
拳を握りしめる。
「くそ……
かっこよすぎる方向に
行ってる……!」
⸻
その夜。
エリザベートは、
日記をつけていた。
《本日》
《ついに線を引きました》
《皆さま、少し静かになりました》
《距離も取れています》
そして、
満足げに書き足す。
《悪役令嬢として、
ほぼ完成ですわ》
ペンを置き、
紅茶を一口。
――その頃、
王都では
「ローゼンクロイツ派」という
謎の言葉が生まれていた。
それを、
彼女が知るのは
まだ先の話。
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