第21話:すべて順調ですわ
第21話:すべて順調ですわ
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
朝の紅茶を飲みながら、静かに満足していた。
「……ええ」
「とても、
うまくいっていますわね」
侍女は、
その言葉を聞かなかったことにした。
王都は今、
昨日の余波で大騒ぎだった。
改革だの、
責任だの、
殿下が顔色を失っただの。
だが――
それらはすべて、
エリザベートの認識外である。
彼女にとって重要なのは、
ただ一つ。
(……嫌われていますわね?)
そう思える要素が、
きちんと揃っていることだった。
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最近、周囲の態度が変わった。
話しかけられる回数が増え、
相談を持ち込まれ、
「ご意見を」と言われる。
――これは、つまり。
(わたくし、
煙たがられていますわね)
(悪役として、
正しい方向ですわ)
完璧な自己評価だった。
⸻
「お嬢様」
侍女が、
慎重に声をかける。
「本日、
王城より呼び出しが……」
「ええ」
エリザベートは、
即答した。
「きっと、
“あの件”ですわね」
侍女は、
どの件か分からなかったが、
とりあえず頷いた。
⸻
王城の廊下。
すれ違う人々が、
一瞬だけ足を止める。
そして、
深々と礼をする。
エリザベートは、
内心で納得した。
(……これは)
(完全に、
距離を取られていますわ)
(わたくし、
恐れられていますのね)
なお、
それは尊敬である。
⸻
応接室。
アレクシス王太子は、
机に手をついていた。
「……来てくれたか」
「ええ、殿下」
エリザベートは、
いつも通り優雅に挨拶する。
「何か、
問題でも?」
殿下は、
一瞬だけ言葉を失った。
(……問題しかない)
だが、
それをどう説明すればいいのか、
分からなかった。
「……最近の王都について、
何か思うことはあるか?」
エリザベートは、
少し考えてから答えた。
「そうですわね……」
「とても、
賑やかですわ」
殿下は、
目を閉じた。
「……賑やか?」
「ええ」
彼女は、
満足そうに微笑む。
「皆さま、
必死ですもの」
「わたくしを、
どう扱えばいいのか」
アレクシスは、
思わず顔を上げた。
「……自覚は?」
「ありますわ」
(あるのか)
「嫌われるのって、
大変ですのね」
(ない)
殿下は、
ゆっくりと椅子に座った。
「……君は」
「はい?」
「自分が、
支持されていると思うか?」
エリザベートは、
即答した。
「まさか」
「……では?」
「警戒されておりますわ」
完璧な誤解だった。
⸻
その帰り道。
黒薔薇会の面々に、
ばったり遭遇する。
「エリザベート様!」
マルグリットが、
駆け寄ってくる。
「お怪我はありませんか!?」
「ありませんわ」
「王都が、
大変なことに……!」
「ええ。
少々、
やりすぎましたわね」
全員が、
固まった。
「……自覚はあるのですね?」
クレアが、
慎重に聞く。
「もちろんですわ」
エリザベートは、
胸を張った。
「嫌われるために、
全力を出しましたもの」
セラフィーナは、
額を押さえた。
「……こいつ」
「本気で、
成功だと思ってるぞ」
セシリアが、
遠い目をする。
「……まあ」
「本人が幸せなら、
もういいわ」
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その夜。
エリザベートは、
日記をつけていた。
《本日》
《王都が少し騒がしい》
《殿下はお疲れの様子》
《黒薔薇会も慌ただしい》
そして、
最後にこう書き足す。
《悪役令嬢として、
一歩前進》
満足そうに、
ペンを置いた。
王都がどれほど混乱していようと、
殿下の胃がどれほど限界でも。
彼女の中では、
すべてが順調だった。
――そう。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
今日も今日とて、
完璧な悪役令嬢である(つもりだった)。
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