第19話:善意の追従者が大量発生して事故りました
第19話:善意の追従者が大量発生して事故りました
王都は、真面目だった。
問題は、
全員が等しく真面目だったことである。
「ローゼンクロイツ様がおっしゃったのよ」
その一言が、
王都のあちこちで合言葉のように使われ始めた。
「曖昧は美しくない」
「覚悟を示しなさい」
「中途半端が一番醜い」
――すべて、
エリザベートが“悪役として”放った台詞である。
なお、
文脈は一切共有されていない。
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最初の事故は、
とある小規模な令嬢の集まりだった。
「それで、こちらの決定は――」
「曖昧ですわね」
場の空気が、止まった。
発言したのは、
普段は控えめで無難な令嬢だ。
彼女は、胸を張って続けた。
「ローゼンクロイツ様なら、
もっとはっきりおっしゃるはずです」
(……誰?)
(今、何が起きてる?)
「覚悟が足りませんわ」
――ドン。
場が、完全に死んだ。
だが本人は、
とても満足そうだった。
(言えた……!)
(私も改革側……!)
なお、その日の夜、
その集まりは解散した。
「空気が悪かった」という理由で。
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次の事故は、
貴族街の別のサロン。
今度は、
三人同時発動だった。
「それは曖昧ですわね」
「覚悟を示すべきです」
「中途半端は美しくありません」
――三方向からの同時攻撃。
「……ちょっと待って」
「何を待つのです?」
「今の話、
そんな深刻だった?」
「深刻かどうかではありませんわ」
「姿勢の問題です」
「ローゼンクロイツ様が、
そうおっしゃっていました」
その場にいた全員が、
一斉に思った。
(……ローゼンクロイツ様、
何人いるの?)
結果。
誰も発言しなくなり、
紅茶だけが減っていった。
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事故は、
令嬢だけに留まらなかった。
役所。
「この件ですが、
前例に基づき――」
「前例は、
曖昧です」
役人が、
ぴしりと言った。
「……え?」
「覚悟を示してください」
「……誰が?」
「あなたです」
(なぜ?)
会議は、
その場で止まった。
誰も悪意はない。
全員、善意だ。
ただし、
善意が“鋭利”になっている。
⸻
昼過ぎ。
王城には、
次々と報告が届いていた。
「殿下!」
「今度は何だ!」
「“ローゼンクロイツ式”を
実践する者が増えています!」
「……増えている?」
「はい。
急激に」
アレクシスは、
嫌な予感しかしなかった。
「具体的には?」
「全員が、
“はっきり言う人”になっています」
「……全員?」
「全員です」
沈黙。
「……それは」
「はい」
「社会が成り立たない」
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一方その頃。
エリザベート本人は、
異変に気づいていなかった。
サロンで、
いつも通り紅茶を飲んでいる。
「……最近」
彼女は、
首を傾げた。
「皆さま、
妙に鋭いですわね」
侍女は、
目を逸らした。
「それは……
お嬢様をお手本にしているのかと」
「……お手本?」
「はい。
“覚悟ある発言”の」
エリザベートは、
固まった。
「……待ってくださいませ」
「はい」
「それ、
わたくしが
“嫌われるため”に
言った台詞ですわよ?」
侍女は、
にこやかに答えた。
「はい。
ですから、
皆さま尊敬していらっしゃいます」
(……最悪ですわ)
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その日の夕方。
王都は、
明らかにギスギスしていた。
誰もが、
はっきり言おうとする。
誰もが、
覚悟を求める。
結果、
全員が疲れている。
会議では、
一人も発言しない。
なぜなら、
次に誰かが言うのだ。
「曖昧です」
……地獄である。
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夜。
アレクシスは、
机に突っ伏していた。
「……彼女は」
「はい」
「“嫌われに行った”だけだよな?」
「はい」
「改革を命じた覚えは?」
「ございません」
「追従者を募った覚えは?」
「ございません」
「……なのに」
側近が、
静かに言った。
「王都が、
勝手に真似しました」
アレクシスは、
天井を見上げた。
「……止められるか?」
側近は、
即答した。
「無理です」
「理由は?」
「全員が善意だからです」
沈黙。
その頃、
エリザベートは、
真剣な顔で考えていた。
(……これは)
(悪役令嬢として、
やりすぎましたわね)
(王都が、
壊れかけていますわ)
だが同時に、
彼女は少しだけ満足していた。
(……嫌われた、
ということに
しておきましょう)
王都は、
その“被害”を
全力で否定する準備を進めているとも知らずに。
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