第16話:悪役令嬢、ついに本気を出す
第16話:悪役令嬢、ついに本気を出す
王都が油断し、
勝手に自滅し、
勝手に反省している間。
――当の本人は、静かに決意していた。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
今朝の紅茶を飲みながら、ふと思ったのだ。
(……これは)
(放っておくと、
王都が勝手に壊れますわね)
それは困る。
悪役令嬢として。
なぜなら――
壊すのは、自分の仕事だからだ。
彼女は扇子を閉じ、
小さく頷いた。
「ええ。
分かりましたわ」
その声は、
誰に聞かせるでもなく、
だが確かに“決意”だった。
⸻
その日、王都に異変が起きた。
と言っても、
建物が崩れたわけでも、
誰かが倒れたわけでもない。
――ただ、
エリザベートが動いた。
それだけである。
しかも、
今回は違った。
庭園ではない。
紅茶でもない。
視察でも、散策でもない。
彼女が向かったのは、
王都社交界の中心――
貴族令嬢たちの集うサロンだった。
その情報が流れた瞬間、
王都の各所で同時多発的に悲鳴が上がった。
「来る!?」
「今日は来るの!?」
「何もしない方針は!?」
誰かが叫ぶ。
「違う!
今日は“本人が動いてる”!!」
――終わった。
⸻
サロンの扉が開く。
いつもと変わらぬ優雅な足取り。
完璧な姿勢。
非の打ちどころのない微笑み。
だが、
空気が違う。
令嬢たちは、
本能的に理解した。
(……今日は、
“何もしない日”ではない)
エリザベートは、
部屋を一瞥すると、
わざとらしく、ゆっくりと口を開いた。
「……あら」
たった一言。
それだけで、
全員の背筋が伸びた。
「ずいぶんと、
楽しそうですわね」
――来た。
(来ましたわ)
(悪役ムーブですわ)
彼女は、
あえて席に着かない。
あえて、
誰とも目を合わせない。
そして、
一歩だけ前に出て言った。
「わたくし、
今日は“遠慮”をしませんの」
沈黙。
令嬢の一人が、
恐る恐る口を開く。
「……どのような、ご用件でしょうか」
エリザベートは、
にっこりと笑った。
「簡単ですわ」
「王都の皆さま、
わたくしを怖がりすぎですの」
――直球。
王都が、
今まで全力で避けてきた話題を、
本人が正面から投げてきた。
「距離を取り」
「意味を探し」
「勝手に深読みして」
「その結果、
自分たちで疲れ切っている」
一歩、近づく。
「それは――
とても、
つまらないですわ」
完全に、
悪役令嬢の台詞だった。
令嬢たちは、
凍りついたまま動けない。
だが、
エリザベートは止まらない。
「ですから」
扇子を開き、
はっきりと言い切った。
「今日から、
わたくしは“嫌われに行きます”」
――王都、
思考停止。
(嫌われ……に?)
(自分から?)
(そんなこと、
できる人がいるの?)
「安心なさって」
彼女は、
実に楽しそうに微笑んだ。
「ちゃんと、
悪役らしく振る舞いますわ」
その宣言が、
王都にどれほどの衝撃を与えたか。
――数分後、
この話は爆速で王城に届く。
「殿下!!」
「今度は何だ!!」
「ローゼンクロイツ嬢が――」
側近は、
一瞬、言葉を詰まらせてから叫んだ。
「“嫌われに行く”と宣言されました!!」
アレクシスは、
椅子から立ち上がった。
「……それは」
「はい」
「止めるべきか?」
側近は、
真顔で答えた。
「……止められると思いますか?」
沈黙。
そのとき、
王都のどこかで、
エリザベートが楽しそうに言った。
「さあ。
悪役令嬢の時間ですわ」
王都は、
ついに理解した。
――最悪なのは、
彼女が無自覚なときではない。
――一番怖いのは、
彼女が“やる気”になったときだ。
そしてこの日を境に、
王都は新たな地獄へと足を踏み入れることになる。
だが、それはまた別の話。
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