第15話:王都、油断した結果がこれです
第15話:王都、油断した結果がこれです
王都は、油断した。
ほんの一瞬。
ほんの出来心。
ほんの「昨日は何も起きなかったし」という慢心。
――それが、すべての始まりだった。
「……落ち着いていましたね」
朝の報告で、誰かがそう言った。
「はい。
昨日は平和でした」
「ローゼンクロイツ嬢も?」
「紅茶を飲まれていました」
「……それだけ?」
「それだけです」
会議室に、
微妙に“安心してはいけない空気”が漂った。
だが――
人は、安心したがる生き物である。
「……では」
年配の貴族が、
恐る恐る提案した。
「今日も、
同じ対応でいきましょう」
全員が頷いた。
(昨日大丈夫だった)
(今日も大丈夫だろう)
(たぶん)
――この「たぶん」が、
王都を何度も滅ぼしかけてきたというのに。
⸻
庭園。
エリザベートは、
今日も優雅に歩いていた。
護衛たちは、
昨日の教訓を思い出しながら、
必死に心を無にしている。
(見るな)
(考えるな)
(反応するな)
完璧だ。
エリザベートが立ち止まる。
――誰も反応しない。
方向を変える。
――誰も反応しない。
紅茶を受け取る。
――誰も反応しない。
(よし)
(今日もいける)
護衛たちの間に、
わずかな達成感が芽生えた。
……その時だった。
「ところで」
エリザベートが、
何気なく口を開いた。
護衛全員の背筋が、
同時に伸びた。
「……はい」
「この庭園、
随分と手入れが行き届いていますわね」
(……それだけ?)
全員が、
心の中で泣いた。
(助かった)
(平和な感想)
(意味はない)
だが。
「……誰が、
管理なさっているのかしら?」
――終わった。
(管理?)
(誰が?)
(なぜ今それを?)
護衛の一人が、
反射的に答えてしまった。
「王家の管轄でございます!」
言った瞬間、
全員が彼を見た。
(言った)
(答えた)
(会話を広げた)
エリザベートは、
にこやかに微笑む。
「そうですの。
では、感謝を伝えるべきですわね」
(……感謝?)
(どこに?)
(誰に?)
(なぜ?)
⸻
その情報は、
爆速で王城に届いた。
「殿下!」
「何だ!」
「ローゼンクロイツ嬢が、
庭園管理者に感謝を伝えたいと」
「……それだけか?」
「はい。
ただ、それだけです」
アレクシスは、
一瞬、安心しかけた。
……しかけたが、
すぐに我に返る。
「……待て」
「はい」
「“感謝”は、
王都ではどう解釈される?」
側近は、
静かに答えた。
「……評価です」
「評価は?」
「役割付与です」
「役割付与は?」
「……政治的意味を持ちます」
アレクシスは、
ゆっくりと頭を抱えた。
(油断した)
⸻
その日の午後。
庭園管理部門は、
謎の緊張感に包まれていた。
「なぜ、
ローゼンクロイツ嬢が……?」
「何か、
不備がありましたか?」
「いや、
むしろ完璧だ」
「……完璧だから、
狙われたのでは?」
(狙われたとは)
だが、
そう思ってしまうのが王都である。
結果。
管理者たちは、
過剰な準備を始めた。
花を増やす。
配置を変える。
警備を強化する。
「……やりすぎでは?」
「いや、
“感謝される”ということは、
期待されているということだ」
期待。
評価。
重圧。
――庭園は、
一日で“式典用”になった。
⸻
夕方。
再び会議。
「……結論を」
書記が、
虚ろな目で言った。
「昨日の“何もしない方針”は」
「はい」
「半日で崩壊しました」
「原因は?」
「……油断です」
誰も否定しなかった。
その頃、
エリザベートは紅茶を飲みながら、
首を傾げていた。
「今日は、
庭園が少し騒がしいですわね」
王都側は、
全力で謝りたい気分だった。
(こちらの問題です)
(あなたは悪くありません)
(どうか、それ以上何も思わないで)
だが、
それを口に出せる者はいない。
こうして王都は、
また一つ学んだ。
――油断した瞬間が、
一番危険。
そしてその教訓は、
翌日にはきれいに忘れられる。
なぜなら、
相手はエリザベート・フォン・ローゼンクロイツなのだから。




