王都編・第9話 放っておいてくださいませ、殿下
王都編・第9話 放っておいてくださいませ、殿下
結論から申し上げますと――
殿下は、話を聞いていませんでした。
(ええ)
(正確に言うなら)
(聞いてはいました)
(理解はしていませんでした)
王太子アレクシスとの面談は、
王都でも格式高い応接間で行われました。
重厚な扉。
落ち着いた調度。
王家の威圧感、完備。
(……ええ)
(無駄に立派ですわね)
ですが本日の目的は、
ただ一つ。
(殿下の“善意”を止める)
――それだけですわ。
⸻
向かい合って座る殿下は、
どこか期待に満ちた顔をしていました。
(……嫌な予感しかしませんわ)
「ローゼンクロイツ嬢。
今日は、君の様子が少し気になってね」
(はい)
(もう駄目ですわ)
「王都では、
君が少々誤解されているようだから――」
「誤解ではありませんわ」
反射的に返していました。
(あら)
(つい)
殿下は、
一瞬だけ言葉に詰まりましたが、
すぐに微笑み直します。
「君は、
自分の立場を軽く見すぎている」
(……出ましたわ)
(殿下の“分かったつもり”発言です)
「殿下。
本日は、その件でお願いがございますの」
「何でも言ってくれ」
(この流れ、
嫌ですわね)
わたくしは、
扇子を閉じ、
きっぱり告げました。
「放っておいてくださいませ」
一拍。
空気が、
きれいに凍りました。
(……ええ)
(今、凍りました)
殿下は、
目を瞬かせています。
「……それは」
「そのままの意味ですわ」
(丁寧に)
(はっきりと)
(一切の含みなく)
「殿下が動かれるたびに、
わたくしの立場が
非常にややこしくなっておりますの」
(悪役令嬢基準で)
「わたくしは、
孤立しても構いません」
「嫌われても、
問題ありません」
「ですが――」
一度、
言葉を切りました。
(ここが大事ですわ)
「保護されるのは、
一番困りますの」
殿下は、
完全に困惑しています。
(……ええ)
(こうなりますわよね)
「それは……
君を守るためだ」
「殿下」
「君が不用意に傷つくことがないよう――」
「殿下」
(止まりませんわね)
「……感謝はしております」
一応、
付け加えました。
(ええ、
形式として)
「ですが、
それ以上の配慮は不要ですわ」
「わたくしは――」
少しだけ、
言いづらそうに続けました。
「自分で立ちたいのです」
(悪役として)
殿下は、
しばらく黙り込みました。
(……沈黙が長いですわね)
そして、
何かを悟ったような顔で、
こう言ったのです。
「……分かった」
(……あら)
(理解しました?)
一瞬、
期待しかけました。
ですが。
「つまり――
君は、
もっと対等に扱われたいのだね?」
(違いますわ)
「王都に溶け込み、
役割を持ちたいと?」
(違いますわ!!)
「ならば、
私が導こう」
(……殿下)
(話、
どこに行きましたの)
⸻
面談は、
そのまま“前向きな誤解”のまま終了しました。
廊下を歩きながら、
わたくしは深く息を吐きます。
(……やはり)
(殿下は、
一段ずつしか
物事を理解できませんのね)
(しかも、
その一段が
常にズレています)
ですが、
一つだけ収穫がありました。
(殿下は)
(“わたくしの意思”を
無視できないところまで
来ています)
それは――
悪くありません。
(ええ)
(ならば)
(次は、
“行動”で示すしかありませんわね)
殿下が止まらないなら、
こちらが動く。
(王都が耐えられるかは)
(もう、考えません)
わたくしは、
小さく笑いました。
(次は……
殿下が後悔するほど、
自由に動きましょう)
それがどんな波紋を呼ぶか――
王都も、
殿下も、
まだ知りません。
――続きますわ。
⸻




