新章・第10話 図書館封鎖と、伝説の誕生ですわ
新章・第10話 図書館封鎖と、伝説の誕生ですわ
その日、学園は朝から騒然としていた。
「聞いた?」
「図書館が……」
「奥の書庫が封鎖されたって……!」
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、廊下を歩きながら、そのざわめきを耳にしていた。
(……嫌な予感しかしませんわね)
なぜなら――
こういう「事件」は、なぜか必ず自分の周囲に転がり込んでくるからだ。
「ローゼンクロイツ様!」
新聞部が、いつも通りの勢いで駆け寄ってくる。
「古代書庫で異変が起きたらしいんです!」
「封印が揺らいだとか!」
「魔導書が暴走寸前とか!!」
(……一つも事実確認ができていませんわね)
エリザベートは、静かに眉を寄せた。
「公式発表は、まだですの?」
「それが……
“詳細は調査中”としか……!」
(……つまり、
まだ何も分かっていない)
その時点で、エリザベートの脳裏に一つの結論が浮かんだ。
(……近づかないのが正解ですわ)
⸻
――だったはずなのに。
「ローゼンクロイツ嬢」
呼び止めたのは、司書教諭だった。
「……少し、よろしいですか」
嫌な予感、的中。
「奥の古代書庫ですが……
あなたが、最後に出入りした生徒だと記録にありまして」
「……は?」
エリザベートは、一瞬、思考を巡らせる。
(昨日……
本を探して……
迷って……
奥に……)
「……確かに、
入りましたけれど……
特別なことは、
何もしていませんわ」
司書は、困ったように言った。
「それが……
今朝、扉が開かなくなっておりまして……」
(……え?)
⸻
図書館・奥。
封鎖された扉の前には、教師、生徒会、警備担当、
そして――なぜか黒薔薇会が勢ぞろいしていた。
「エリザベート様……!」
マルグリットが、不安そうに駆け寄る。
「な、何か……
危険なことを……?」
「していませんわ!!」
フローラは、きょろきょろと辺りを見回す。
「でも……
雰囲気が……
すごいですぅ……」
クレアは、扉を一瞥して短く言った。
「魔力反応、安定」
リリアは、拳を構える。
「暴走なら止めます!!」
「止めなくて結構ですわ!!」
セラフィーナは、腕を組んだ。
「……で、
本当に何もしてないのか?」
「……本を取ろうとして、
迷いましただけですわ」
セシリアは、額に手を当てた。
「……最悪の理由ね」
⸻
教師たちが、慎重に話し合う。
「古代書庫は、
一定以上の魔力を持つ者が入ると、
自動的に封印が再構築される仕組みだったはず……」
「つまり……
ローゼンクロイツ嬢が入ったことで……?」
(……なぜ、
そこでわたくしの名前が……)
司書が、恐る恐る言った。
「……封印が、
“確認済み”状態になったのでは……?」
沈黙。
そして。
「……なるほど」
「危険な書庫に対し、
再封印を促した……」
「無自覚とはいえ、
重要な役割を……」
(促していませんわ!!
迷子になっただけですわ!!)
⸻
その結論は、あっという間に広まった。
《古代書庫・安全確認完了》
《ローゼンクロイツ嬢、封印状態を“確認”》
新聞部は、踊る。
「見出しはこれで決まりです!!」
「“無意識の封印確認”!!」
「やめてくださいませ!!」
⸻
その日の午後。
正式通達が出た。
――古代書庫は封鎖を継続。
――安全確認は完了済み。
――ローゼンクロイツ嬢の行動に問題なし。
――むしろ、危険回避に寄与。
紙を見た瞬間、
エリザベートは静かに天を仰いだ。
(……また……
伝説が……)
黒薔薇会が、黙って彼女の周囲に集まる。
マルグリットが、そっと言った。
「……エリザベート様……
もう……
事件が寄ってきてませんか……?」
「寄ってきていますわね……」
フローラが、困ったように笑う。
「でも……
無事でよかったですぅ……」
クレアは短く言った。
「事件体質」
リリアは、誇らしげだ。
「伝説更新ですね!!」
「更新したくありませんわ!!」
セラフィーナは、肩をすくめる。
「……もう、
何をしても“そういう役”だな」
セシリアは、紅茶を一口飲み、静かに言った。
「……公式文書に残ったわよ」
「……公式……?」
「ええ。
あなたの名前が、
“古代書庫の安全確認に関与した生徒”として」
エリザベートは、
その場にしゃがみ込みそうになった。
(……わたくし……
ただ……
本を探していただけですのに……)
⸻
夕方。
図書館を出るとき、
エリザベートは立ち止まった。
(……悪役令嬢には、
なれませんでしたけれど……)
隣には、マルグリットがいる。
背後には、黒薔薇会。
一人ではない。
(……まあ……)
(……これも……
悪くはありませんわね)
学園の空には、
穏やかな夕焼けが広がっていた。
こうして。
婚約破棄から始まった新章は、
“事件を呼ぶ令嬢”という新たな肩書きを生み出しながら、
静かに、次の物語へと続いていく。
――新章・第一幕、完。
⸻




