新章・第9話 評価は下がらず、立場だけが決まりましたわ
新章・第9話 評価は下がらず、立場だけが決まりましたわ
職員室の空気は、重かった。
重厚な扉が閉じられ、
教師たちは静かに席につく。
「……では、再確認しましょう」
年配の教師が口火を切った。
「ローゼンクロイツ嬢の“特別保護対象”措置についてです」
一人が資料をめくる。
「本人の行動に問題は見られません。
むしろ、周囲が過剰反応していた節が……」
「旧校舎の件でも、
混乱を起こしたのは彼女ではなく、
周囲の“善意”でした」
「本人の意思表示も、
非常に明確でしたね」
(※本人は「普通にしたい」と言っただけ)
沈黙。
生徒会顧問が、慎重に言う。
「つまり……
“保護”ではなく、
“尊重”へ切り替えるべきでは?」
異論は、出なかった。
「では……
保護対象指定は解除。
ただし――」
全員の視線が集まる。
「彼女を“基準点”として扱う」
その言葉が、
静かに、しかし決定的に落ちた。
「学園の秩序、
社交、
感情の扱い。
あらゆる点で、
彼女の対応は模範となっている」
(模範にした覚えはありません)
「これ以上、
彼女を“問題”として扱うのは不適切でしょう」
決定。
ローゼンクロイツ嬢は、
“守る対象”から、
“基準となる存在”へ。
評価は、
固定された。
⸻
その頃。
廊下の一角で、
王太子アレクシスは立ち尽くしていた。
教師から告げられたのは、
丁寧で、しかし容赦のない言葉。
「殿下。
学園内での私的感情の表出について、
改めて指導が必要です」
「……」
「ローゼンクロイツ嬢の対応と、
殿下の行動を比較すると……
残念ながら、
差が生じています」
(差、とは)
「今後は、
王太子としての振る舞いを
より自覚してください」
アレクシスは、
反論できなかった。
何を言っても、
“彼女の冷静さ”が比較対象になる。
――負けた。
それを、
はっきりと自覚してしまった。
⸻
一方、学園の中庭。
エリザベートは、
いつものように歩いていた。
過剰な距離はない。
過剰な沈黙もない。
だが――
確実に、空気が変わっている。
(……見られていますわね)
評価ではない。
“基準”として。
(……これは……
悪役令嬢には、
最悪の立場ですわ……)
そのとき。
「エリザベート様」
呼び止めたのは、
マルグリットだった。
以前のような、
おどおどした声ではない。
「……少し、
お時間よろしいでしょうか」
エリザベートは、
足を止める。
「ええ」
マルグリットは、
一歩前に出た。
背筋は、
まっすぐ。
「……わたし、
考えました」
「何を、ですの?」
「“守る”のでも、
“従う”のでもなく……」
一度、息を吸う。
「自分の足で、
エリザベート様の隣に立ちたい」
その言葉に、
黒薔薇会の面々が息を呑む。
フローラは、
目を見開き。
クレアは、
静かに頷く。
セラフィーナは、
口の端を上げた。
セシリアは、
満足そうに微笑む。
リリアは、
拳を握った。
「来ました!!」
(来ていませんわ!!)
エリザベートは、
少し驚きながらも、
マルグリットを見る。
「……覚悟、
要りますわよ?」
「……はい」
マルグリットは、
目を逸らさなかった。
「エリザベート様の隣は、
安全ではありません」
「……分かっています」
「評価も、
期待も、
重たいですわ」
「……承知しています」
その答えに、
エリザベートは――
ふっと、笑った。
「……では」
手を差し出す。
「一緒に、
誤解され続けましょうか」
マルグリットは、
その手を、
しっかりと取った。
「はい……!」
⸻
その光景を、
遠くから見ていた者がいる。
王太子アレクシスだった。
二人の間にあるのは、
未練でも、
感情でもない。
“選択”。
そして、
“対等”。
(……もう……
届かない……)
アルフォンスは、
静かに視線を落とした。
⸻
その日の夕方。
学園の掲示板。
《学園通達》
ローゼンクロイツ嬢に関する特別措置は終了。
今後は、通常の生徒として扱う。
――ただし、
彼女の判断と行動は、
学園の模範として参照される。
紙を見て、
エリザベートは目を閉じた。
(……下がらない……
評価が……
完全に……)
けれど。
マルグリットの手は、
まだ温かかった。
(……まあ)
(……一人では、
なくなりましたわね)
新章は、
“逃げ場のない称賛”から、
“共に立つ物語”へ。
その一歩を、
確かに刻んだのだった。
――続く。
⸻




