新章・第8話 守られないと示してみましたわ
新章・第8話 守られないと示してみましたわ
“特別保護対象”。
その言葉が貼りついてから三日目。
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、ついに限界を迎えていた。
(……静かすぎますわ)
廊下を歩けば、視線は集まるが声はない。
話しかけようとする者は、途中で思い直したように距離を取る。
黒薔薇会ですら、必要以上に気を遣い、先回りし、後ろを歩く。
(わたくし、
“危険物”か“壊れ物”のどちらかですわよね……)
エリザベートは、ふっと息を吐いた。
(……ならば)
(守られなくても大丈夫だと、
示すしかありませんわ)
⸻
その日の放課後。
エリザベートは、誰にも告げず、
一人で旧校舎へ向かった。
学園の奥、
ほとんど使われていない古い棟。
噂話では、
「問題が起きやすい」「教師の目が届きにくい」場所。
(……ちょうどいいですわ)
本来なら、
“保護対象”が一人で行くべきではない場所。
だからこそ。
(ここで何も起きなければ、
過剰な扱いは収まるはず……)
古い床板が、きしりと鳴る。
静かだ。
――静かすぎる。
そのとき。
「……ローゼンクロイツ嬢?」
背後から、声。
エリザベートは、
ゆっくり振り向いた。
そこにいたのは、
上級生の令嬢数名。
最近、
彼女の周囲から距離を取っていた者たち。
(……来ましたわね)
一人が、困ったように言う。
「あなたが……
一人で来たと聞いて……」
(聞いて……?)
「……心配で」
エリザベートは、内心で呻いた。
(情報が早すぎますわ!!)
「わたくしは、大丈夫ですわ」
きっぱり言う。
「特別扱いは、
必要ありません」
令嬢たちは、
顔を見合わせた。
「でも……」
「もし、何かあったら……」
「責任が……」
(……責任?)
エリザベートは、
一歩、前に出た。
「皆さま」
声は、落ち着いていた。
「わたくしは、
自分で選び、
自分で動いています」
「守られる存在である前に、
“立っている存在”ですわ」
一瞬、
空気が止まる。
その言葉は、
強すぎた。
「……」
令嬢たちは、
言葉を失っていた。
そのとき。
「……エリザベート様!!」
廊下の向こうから、
駆け足の音。
黒薔薇会だった。
マルグリットが、
息を切らしながら飛び込んでくる。
「一人で行かれたと聞いて……!」
「危ないです!!」
「何かあったら……!」
(……やはり、
こうなりますわね)
エリザベートは、
振り返って言った。
「マルグリット」
「は、はい……!」
「わたくしは、
一人で来ました」
その一言に、
マルグリットの動きが止まる。
「……それが、
どういう意味か……
分かりますか?」
マルグリットは、
唇を噛んだ。
「……エリザベート様は……
守られるだけの方ではない……」
「ええ」
エリザベートは、
静かに頷いた。
「皆さまの善意は、
本当にありがたいですわ」
「ですが……
わたくしが“弱い”から守るのではなく、
“選んで立っている”から尊重してほしい」
その瞬間。
マルグリットの目が、
はっきりと変わった。
怯えでも、
崇拝でもない。
“理解”の色。
「……分かりました」
声が、
震えていない。
「……エリザベート様」
一歩、前に出る。
「守るのではなく、
隣に立ちます」
その宣言に、
フローラが息を呑み、
クレアが小さく目を見開き、
セラフィーナが、口の端を上げた。
セシリアは、
静かに頷く。
「……いい顔ね」
リリアは、
拳を握った。
「覚醒ですね!!」
(覚醒ではありませんわ!!
ですが……)
エリザベートは、
胸の奥で、何かが落ち着くのを感じていた。
⸻
翌日。
学園内の空気が、
少しだけ変わった。
“過剰な距離”が、
消えている。
守る、
ではなく。
“尊重する”。
黒薔薇会は、
一歩引き、
だが確かに隣に立つ。
教師たちも、
対応を見直し始めていた。
「……本人の意思を、
尊重する方向で……」
(……やっとですわ)
エリザベートは、
小さく息を吐いた。
(評価は……
下がりませんでしたけれど……)
(……少しだけ、
“生きやすく”なりましたわね)
その変化が、
次に何を引き寄せるのか。
それは――
まだ誰にも分からない。
新章は、
静かに、しかし確実に
次の転換点へ向かっていた。
――続く。
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