新章・第7話 保護対象に指定されましたわ
新章・第7話 保護対象に指定されましたわ
それは、エリザベート・フォン・ローゼンクロイツの知らぬところで、
静かに、そして確実に進行していた。
⸻
職員室。
重厚な扉が閉められ、
教師たちは円卓を囲んでいた。
「……では、本題に入りましょう」
年配の教師が、咳払いをする。
「ローゼンクロイツ嬢の件です」
一斉に、空気が引き締まった。
「婚約破棄後の反響が……
想定を超えています」
「学園内外からの視線が集中しすぎている」
「精神的負担を、
本人が自覚していない可能性も……」
別の教師が、眉を寄せる。
「彼女は落ち着いていますが、
それが“無理をしている”可能性も否定できません」
「……確かに」
「年齢を考えれば、
あまりにも冷静すぎる」
(※本人はただ呆然としているだけ)
生徒会顧問が、腕を組んだ。
「つまり……
我々としては――」
沈黙。
そして。
「保護対象として扱うべきではないでしょうか」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
⸻
一方、その頃。
エリザベートは、
いつものように学園の廊下を歩いていた。
(……今日は、
やけに静かですわね……)
視線はあるが、
声をかけられない。
ざわめきが、
妙に抑えられている。
(……嵐の前触れですわ)
その予感は、
すぐに現実になった。
「ローゼンクロイツ嬢」
呼び止めたのは、
担任教師だった。
「少し……
お時間をいただけますか」
(……来ましたわ)
⸻
応接室。
丁寧に用意された紅茶。
過剰なほどの配慮。
教師は、
慎重に言葉を選びながら告げた。
「最近……
あなたを取り巻く状況が、
非常に慌ただしくなっていますね」
「……そうでしょうか」
(自覚はありますけれど)
「そこで、
学園として一つ、
決定を下しました」
嫌な予感しかしない。
「ローゼンクロイツ嬢を、
当面の間、
“特別保護対象”とします」
「……は?」
エリザベートの思考が、
一瞬、停止した。
「保護……
対象……?」
教師は、
柔らかく微笑む。
「無理な勧誘、
過度な取材、
私的な接触――
そうしたものから、
あなたを守るためです」
(……守られてしまいましたわ)
「必要であれば、
移動時の同行、
スケジュール調整、
周囲への注意喚起も行います」
(完全に“貴重品”扱いですわ……)
「……わたくしは、
そこまで――」
「遠慮は無用です」
(遠慮ではありませんの!!)
⸻
その決定は、
即座に学園中へ広まった。
「聞いた?」
「ローゼンクロイツ様、
保護対象ですって……」
「やっぱり……」
「繊細な方だもの……」
(繊細ではありませんわ!!)
黒薔薇会の部屋では、
即座に緊急会議が始まっていた。
「ほ、保護対象……!」
マルグリットが、
蒼白になっている。
「エリザベート様……
無理していらっしゃったんですね……!」
「してませんわ!!」
フローラは、
目を潤ませる。
「わたしたち……
もっと優しく……
静かに……」
「静かにしなくて結構ですわ!」
クレアは、
冷静に分析する。
「学園側、
リスク管理に入った」
リリアは、
拳を握りしめた。
「守るってことですね!!
完全防衛ですね!!」
「防衛しなくていいですわ!!」
セラフィーナは、
腕を組んで唸る。
「……まあ、
ここまで来ると……
当然か」
セシリアは、
ため息をついた。
「……完全に
“触れてはいけない存在”ね」
(それが一番困りますの!!)
⸻
そして。
黒薔薇会は、
“保護対象の友人”として、
独自解釈を始めた。
「エリザベート様、
次の授業まで、
ご一緒します……!」
「お茶は……
刺激の少ないものに……!」
「変な人が近づいたら、
すぐ合図を!!」
(皆さま、
過保護ですわ……!!)
結果。
エリザベートの周囲には、
常に人の壁。
声をかける者は、
遠慮し、
距離を取り、
目礼だけになる。
新聞部ですら、
遠巻きに囁くのみ。
《ローゼンクロイツ嬢、
そっとしておこう運動》
(そんな運動、
誰が始めましたの!?)
⸻
放課後。
一人になれたと思った瞬間。
「……エリザベート」
低い声。
振り向くと、
セラフィーナが立っていた。
「……どうしたのですの?」
「……本当に、
平気なのか」
その声は、
ぶっきらぼうだが、
どこか真剣だった。
エリザベートは、
少し考えてから答えた。
「……正直に申し上げますと」
「?」
「状況が、
よく分かっていませんわ」
セラフィーナは、
小さく笑った。
「……だろうな」
「ですが」
エリザベートは、
まっすぐ前を見る。
「わたくしは、
自分の選択を後悔していません」
「……」
「だから……
“守られる存在”になるのは、
本意ではありませんの」
その言葉は、
静かだが、
強かった。
セラフィーナは、
一瞬目を伏せ――
そして言った。
「……なら、
ちゃんと立ってろ」
「……?」
「守られてる間に、
飲み込まれるな。
それだけだ」
(……相変わらず、
ぶっきらぼうですわね)
⸻
その夜。
エリザベートは、
自室で一人、考えていた。
(評価を下げるどころか……
“保護”される段階に……)
(……これは……)
小さく、拳を握る。
(……次は……
“守れない存在”だと、
示さなければ……)
その決意が、
どんな混乱を招くのか。
彼女は、
まだ知らない。
新章は、
さらに危うい局面へ――。
――続く。




