新章・第6話 縁談という名の災害ですわ
新章・第6話 縁談という名の災害ですわ
朝、エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
自室の机の上に積み上がった封筒の山を見て、静かに理解した。
(……来ましたわね)
「お嬢様。
本日分の“追加”でございます」
侍女が、さらに一束を重ねる。
「……“追加”?」
「はい。
主に縁談と、後援のお申し出と、
人生相談の依頼でございます」
(なぜ人生相談まで付いてきますの!?)
封筒の色も、紙質も、
明らかに“本気”だった。
伯爵家、侯爵家、
中には遠方の公爵家の紋章まで見える。
(婚約を破棄した翌週に、
これは……
多すぎますわ……)
⸻
学園へ向かう馬車の中で、
エリザベートは深くため息をついた。
(社交界で評価が上がると、
次に来るのは……
分かっていますわ……)
案の定。
学園の門をくぐった瞬間、
空気が違った。
視線が、
明らかに“測っている”。
「……あの方が……」
「次は、
どこに嫁ぐのかしら……」
「いや、
あの覚悟なら……
選ばれる側では……」
(選びたくありませんわ!!)
⸻
黒薔薇会の部屋。
エリザベートは、
全員を集めて即座に言った。
「……緊急事態ですわ」
マルグリットが、
不安そうに身を寄せる。
「ど、どうされました……?」
エリザベートは、
封筒の山を机に置いた。
ドサッ。
フローラが、
目を丸くする。
「ひぇ……
これ……
全部ですかぁ……?」
クレアは即断した。
「縁談」
リリアは、
拳を握りしめる。
「戦争ですね!!」
「戦争ではありませんわ!!」
セシリアは、
封筒を一枚手に取って、
静かに言う。
「……条件がいいわね。
というか、
良すぎる」
セラフィーナは、
眉をひそめた。
「……完全に
“取り合い”だな」
エリザベートは、
頭を抱えた。
「わたくし……
今は誰とも、
婚約するつもりはありませんの……」
マルグリットが、
おずおずと聞く。
「で、でしたら……
お断りすれば……?」
「……しましたわ」
全員が息を呑む。
「……すでに、
丁重に……
何件も……」
「結果は?」
「“さらに好感度が上がりました”」
沈黙。
リリアが、
真顔で言った。
「最悪ですね!!」
⸻
昼休み。
エリザベートは、
完全に囲まれていた。
「ローゼンクロイツ嬢!」
「一言だけ!」
「お考えは!?」
「条件をお聞かせください!」
新聞部の包囲網。
(……なぜ新聞部が
縁談実況を……)
「今は、
そのような話題は……」
「さすがです!」
「私生活を切り売りしない姿勢!」
「芯が通ってます!!」
(……無敵ですわ……)
⸻
放課後。
今度は、
教師と上級貴族による
“非公式面談”。
「ローゼンクロイツ嬢。
あなたの立場は……
今、非常に重要です」
「軽率な縁談は、
学園全体に影響します」
「慎重に……
選ばねば……」
(選ぶ前提なのですね……)
エリザベートは、
静かに答えた。
「わたくしは、
今は自分の学業と、
友人との時間を大切にしたいだけですわ」
その瞬間。
「……なんて健全な……」
「理想的な回答……」
「欲に流されない……」
(やめてくださいませ!!)
⸻
黒薔薇会、再集合。
マルグリットは、
本気で泣きそうだった。
「エリザベート様……
このままでは……
どこかに連れて行かれてしまいます……」
「連れて行かれませんわよ!!」
フローラが、
不安そうに言う。
「でも……
大人の圧が……
すごいですぅ……」
クレアは即断。
「防波堤、必要」
リリアは、
勢いよく宣言した。
「じゃあ!!
黒薔薇会で
ガードします!!」
セラフィーナは、
腕を組んで頷く。
「常に誰か一緒にいれば、
個別接触は防げる」
セシリアは、
少し考えてから言った。
「……悪くないわ。
でも――」
エリザベートは、
希望を見出した。
「それですわ!!
黒薔薇会・完全防衛体制!!」
⸻
結果。
翌日。
エリザベートの周囲には、
常に黒薔薇会がいた。
移動、
食事、
授業、
休憩。
完全ガード。
(……これで……
縁談攻勢は……)
しかし。
「まあ……!」
「仲間を大切にする姿……!」
「孤高ではなく、
連帯を選ぶ……!」
(なぜ評価が……
さらに……)
新聞部の見出し。
《縁談攻勢を仲間と共にかわす令嬢》
《理想の女性像、また更新》
黒薔薇会、全滅。
⸻
夜。
エリザベートは、
ベッドに倒れ込んだ。
「……婚約を破棄して……
自由になったはずなのに……」
天井を見つめる。
「……どうして……
選択肢が……
増えているのですか……」
扉の向こうから、
侍女の声。
「お嬢様。
明日は……
“縁談整理会議”が……」
「……おやすみなさい」
新章は、
完全に“別の地獄”へ突入していた。
――続く。




