新章・第2話 祝福という名の包囲網
新章・第2話 祝福という名の包囲網
翌朝、エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
自室の扉を開けた瞬間、そっと後悔した。
廊下が――埋まっていた。
「エリザベート様! おめでとうございます!!」
「素晴らしいご決断でしたわ!」
「自立した女性の鑑ですわね!」
「昨日のご発言、胸を打たれましたわ……!」
花。
リボン。
カード。
そして、なぜか拍手。
(……夢、ですわよね?)
一歩下がって扉を閉めようとしたが、
侍女が完璧な笑顔で止めた。
「お嬢様。
本日は“祝福対応”のご予定が詰まっております」
「……祝福“対応”?」
「はい。
学園到着後、まず生徒会から正式なお言葉。
その後、貴族令嬢方の非公式お茶会。
昼には教師方からのお話。
放課後は――」
「待ちなさいませ!?
わたくし、昨日“婚約を破棄した”だけですわよ!?」
侍女は一瞬も迷わず答えた。
「はい。
“だからこそ”でございます」
(意味が分かりませんわ……!)
⸻
学園へ向かう馬車の中で、
エリザベートは額に手を当てていた。
(おかしいですわ……
婚約破棄とは、本来“白い目で見られる”もの……
同情、噂、距離、そういうものが付随するはず……)
なのに。
馬車が学園門をくぐった瞬間、
待ち構えていた生徒たちが一斉に道を開いた。
「……来た……!」
「ローゼンクロイツ様……!」
「おはようございます!!」
まるで要人警護のような通路。
(やめてくださいませ!!
これは完全に“英雄の入場”ですわ!!)
さらに、黒薔薇会が全力で走ってきた。
「エリザベート様ぁぁぁ!!」
マルグリットが泣きながら飛びつきそうになる。
「聞きました!!
婚約破棄……!
ああ……なんて……なんて誇らしいのですか……!」
「誇らしくありませんわ!!」
フローラは両手を握りしめてうるうるしている。
「自分の人生を選ぶ勇気……
わたし……感動しましたぁ……」
「感動ポイントではありませんわ!」
リリアは拳を突き上げた。
「さすがエリザベート様!!
王太子に依存しない!!
最高に悪役です!!」
「悪役ではありませんわよ!?」
セラフィーナは腕を組んで静かに頷いた。
「……いい顔だった。
逃げずに切ったな」
セシリアはため息混じりに紅茶を飲む。
「完全に株が上がったわね。
もう下がる気配がない」
(下げたいのですけれど!?)
⸻
生徒会室では、
すでに全員が整列して待っていた。
「ローゼンクロイツ様。
このたびのご決断について、
生徒会として正式に感謝と敬意を表します」
「なぜ感謝ですの!?」
生徒会長は真面目な顔で答える。
「王太子殿下への過度な注目が是正され、
学園全体の空気が健全になりました」
(わたくし、環境改善政策をした覚えはありませんわ)
教師たちも現れた。
「勇気ある選択でした」
「若者の模範です」
「我々も考えさせられました」
(考えなくて結構ですわ!!)
その頃――
廊下の向こうで、
王太子アルフォンスが項垂れていた。
「……なぜ……
彼女は、去ったのに……
彼女の評価だけが、上がる……」
教師の一人が肩を叩く。
「殿下。
まずは授業に集中なさい」
「……はい……」
(……あ)
エリザベートは一瞬だけ、
胸の奥に、ほんの小さな罪悪感を覚えた。
(……でも、戻りませんわよ?)
⸻
昼休み。
学園の掲示板に、
新たな紙が貼り出されていた。
――《特別講演のお知らせ》
――『自分の人生を選ぶということ』
――講演者:エリザベート・フォン・ローゼンクロイツ
「誰が決めましたのーーーー!!」
新聞部が駆け寄ってくる。
「エリザベート様!
婚約破棄後、初講演ですね!
見出しは――
“王太子に依存しない女、爆誕”でいきます!!」
「やめてくださいませ!!
完全に誤解ですわ!!」
⸻
放課後。
ようやく一人になれたと思った瞬間、
黒薔薇会が静かに集まった。
マルグリットが言った。
「エリザベート様……
わたしたち……
もっと強くなります……!」
「どうしてですの?」
「エリザベート様の背中を見て、
自分の人生を……選びたいと思ったんです……!」
(……あら)
フローラも頷く。
「わたし……
もう“流されるヒロイン”やめますぅ……」
クレアは短く言った。
「影響力、想定以上」
セラフィーナは口を結んだまま、
小さく笑った。
セシリアは静かに言う。
「……あなた、
婚約を切っただけで
一つの時代を動かしたわね」
エリザベートは、
ゆっくりと息を吐いた。
(……違うのですわ)
(わたくしは、
ただ“悪役令嬢になりたかった”だけ……)
けれど――
誰も、その本音を信じてはくれない。
こうして。
婚約を破棄したはずのエリザベートは、
孤立するどころか、
“新たな象徴”として祭り上げられていく。
新章は、
まだ始まったばかりだった。
(……次は、
何をすれば評価が下がるのかしら……)
エリザベートは、
本気で悩み始めていた。
――続く。




