番外編 学の彼女
卒業式の翌日。のんびり朝食を食べていると、メロスから電話がかかってきた。
『芳樹くん! 今日暇ですか!? 暇ですよね!?』
朝から失礼な奴だな。
「暇で悪かったな」
『すぐにモールに来てください!』
メロスは要件だけ言うと、さっさと電話を切った。なんだっていうんだ。
別に行かなくてもいいんだけど、急に都合が悪くなったとか、適当にメッセージでも送っておけば。
けどやっぱりちょっと気になったので、俺は着替えて、以前一緒に買い物に行ったショッピングモールに向かった。
✦✦✦
モールに着くと、メロスは入口の柱の陰に隠れるようにして立っていた。
「何やってんの?」
「あ、芳樹くん! あれ見てください」
そう言ってメロスは、ちょうど花屋がある辺りを指差した。
「あれって、学?」
「そうです」
学は店先に出ている花を選んでいるようだった。なぜメロスが隠れているのか意味がわからない。
「ちょ、芳樹くん、行ったらダメです」
「なんでだよ」
普通に声をかけに行こうとしたら、小声で咎められた。
「学くんは、これからデートかもしれません」
「デート?」
「手帳にハートマークが付いていました」
メロスの話によると、この前偶然(あくまでも偶然らしい)見えてしまった手帳の今日の日付のところに、ハートマークが付いていたらしい。
メロスは最近まで学に彼女がいることを知らなかったため、手帳のハートマークについては特に気にしていなかったようなのだが、今日たまたま学の姿を見かけたことで思い出したそうだ。
「学くん、いくら訊いても彼女のこと全然教えてくれないんですよ」
「恥ずかしいんじゃん? 俺らも顔も名前も知らないよ」
「気にならないんですか?」
「本人が言いたくないものを、無理に訊くのはよくないぞ」
いくら友達でも、話したくないことくらいあるだろう。
「そうですね。無理矢理聞くのは良くないですね」
「だろ」
「なので、こっそり後をつけて顔だけ見ようと思います」
「おい」
なんでそうなるんだよ⋯。
放っておくのも心配なので、結局俺もメロスと一緒に学の様子を窺う。見つかったら怒られるだろうな⋯。学怒るとすげー怖いんだよな。
「デートで花束を買うとは⋯。プロポーズでもするんですかね?」
「俺ら昨日中学卒業したばっかだぞ」
学は花束を購入すると、モールの中へ向かった。
「対象動き出しました。後をつけましょう」
メロスはポケットからサングラスを取り出して着ける。
今日たまたま学を見かけたって言ってなかったっけ。なんでそんなの持ってるんだ⋯。
どこにでもいる普通の中坊と金髪のサングラスって、結構目立つ気がするんだけど、メロスは気にすることもなく、学の後をつける。
今度は雑貨屋に入ったようだ。
「あの辺は、確か女の子が好きそうな雑貨が置いてあるコーナーですね。プレゼントでしょうか」
「なんでそんなの知ってるんだよ」
ここでも何か購入した後、学は更に奥へ進んでいく。
お菓子やケーキの店が多く並ぶコーナーに来ると、スマホを確認し始めた。周りの様子を窺いだしたので、俺たちは慌てて商品棚の影に隠れる。
「尾行してるのがバレたんでしょうか」
「いや⋯、誰か探してる感じだな」
少しの間、学はスマホと周囲を確認するような素振りをしていた。
「あ⋯」
しばらくすると、1人の女の子がやって来て、学に声をかける。
「! 来ました!」
「ちょ、メロス、あんま乗り出すと見つかるぞ」
女の子は俺たちからは背を向けるようにして立っていて、ここからだと顔は見えない。
もう少し角度が変われば、と思って様子を窺っていると、先に学の方がこっちの視線に気付いてしまった。
「やば⋯」
完全に目が合ったな⋯。
「芳樹くん、気付かれました! 逃げましょう!」
「いやもう遅いって」
「何やってんの?」
いつもより低い声が降ってくる。あ、やっぱ怒ってる⋯。
「よう⋯」
「えへへ。学くんもお買い物ですか⋯?」
「⋯⋯」
学は、白々しいメロスの問いに答えることはなく、深く溜息を吐いた。
✦✦✦
「もう。ひとの後を追けて来るなんて」
「悪い⋯」
「ごめんなさい⋯」
軽く注意をされたが、学は思っていたほど怒っていないようだ。
「学のお友達?」
やはり彼女の前だからだろうかと思っていたら、
「クラスメイト。姉さん会ったことなかったっけ?」
「そうだっけ?」
「姉さん!?」
俺とメロスは顔を見合わせる。
彼女じゃなかったのか。言われてみれば似てるな。
「なんだ、デートじゃなかったのか」
「なんでそう思ったの?」
言われて俺は、メロスに軽く顎をしゃくってみせた。メロスは、手帳のハートマークを見て、てっきりデートだと思って後を追けたことを話す。
「そういうことか。手帳は、姉さんが勝手に書いたんだよ」
「そうだったんですね」
「あは、ごめんね〜。だって学ってば、受験生だからとか言って、家族の行事全然参加しないんだもん。今日くらいは付き合ってもらわないとと思って」
聞けば今日は、お姉さんの誕生日なのだそうだ。だから花やプレゼントを買っていたのか。
「そうなんですね! おめでとうございます!」
「ありがとー! ところで2人とも、学の彼女が見たいなら、写真見せたげよっか?」
「いいんですか?」
「やめて」
お姉さんは、学の制止も聞かずにスマホを操作し始める。
「いいじゃん写真くらい。毎週電話するくらいラブラブなんだから。中学生で遠距離恋愛とか、よくやるよね〜」
「遠距離なんだ?」
「⋯今ドイツにいるんだよ」
「ドイツ!?」
せいぜい国内だと思っていたら、まさかのヨーロッパだった。
「外国人?」
「日本人。留学してるから」
時差があるので電話も週末しか出来ず、普段はメッセージのやり取りのみなのだそうだ。
「わ〜! 素敵ですね!」
話を聞いて遠距離恋愛に憧れを抱いたのか、メロスが目をキラキラさせている。それから、お姉さんに聞こえない程度の小声で、こそっと呟いた。
「僕もセリヌヴァカラ星で彼女作ってくれば良かったです」
遠いな⋯。
「あれ、写真ないな⋯。この前機種変しちゃったから」
「そんなぁ」
「残念だったね」
「しょうがないですね。また次の楽しみにとっておくことにします」
結局顔も名前も分からずなのは変わらなかったが、それでもメロスは満足したみたいだ。
それから、家族でお祝いするという学とは別れ、俺とメロスはせっかくなのでこのままモールで遊ぶことにした。
「リュウ君も誘ったら来ますかね?」
「電話してみる?」
「僕がかけます」
数コールでリュウが電話に出る。
「リュウ君? 今暇ですか? 暇ですよね?」
俺にかけてきた時と同じ失礼な決めつけだ。
暇じゃねーよ、とリュウの声が俺にも聞こえてきた。
「今芳樹くんと一緒にいるんですけど、リュウ君も来ませんか?」
溜息まで聞こえてきた。気持ちはわかる。
それでも、行く、と返事が返ってきて、メロスは嬉しそうに笑う。
「リュウ君すぐ来るそうです」
「おう。そろそろお昼だし、フードコートで待つか」
「はい!」
リュウが来たら一緒にお昼を食べようと、俺たちはフードコートの方へ向かって歩き出した。
END.




