3-1.ケンカ
「メロスはいつ自分の星に帰るんだ?」
年が明けたある日、リュウが何気なく聞いたその一言がきっかけで、事件が起こった。
「⋯それは、邪魔だから早く帰れってことですか?」
「んなこと言ってねーよ。ただ、よくあるだろ? ある日突然いなくなって、もう会えないみたいの。そうなったら嫌だから、今から心の準備をだな⋯」
「そんなこと言って、ほんとは早く帰ってほしいんじゃないですか!?」
「だから違うっつってんだろ」
2人が声を荒げる様子に、教室中が注目した。楽しい昼休みの空気が一転する。
「2人とも、なにやってんだよ⋯」
「だってリュウ君が!」
「俺はただ聞いただけだろ!?」
2人が言い争いをするなんて珍しい。リュウはこれでも、俺や学を含め、誰かと喧嘩することなんてなかったし、メロスも、こんな風にピリピリしているのは初めて見た。
「そんなことで喧嘩したってしょうがないだろ」
「⋯そんなこと?」
あ、ヤバい。言い方まずった。
スッとメロスの顔から表情が消える。それでも、目には冷たい光が宿っていた。
「あ、いや⋯」
「芳樹くんまでそんなこと言うんですね。もういいです」
「や、だから、そういう意味じゃ⋯」
「実家に帰らせていただきます!」
「実家!?」
帰れるのか!?
メロスは、ぷんっと言って、教室を出ていってしまった。
ぷんっ、て本当に言う奴初めて見た。
じゃなくて。
追いかけようと廊下に出たが、すでにいなかった。足は速くないのに、どこかに隠れたのか?
「ちょっと芳樹〜」
「え、俺〜?」
いやまあ、火に油注いじゃったのは俺だけど。
「喧嘩にそんなこと、はご法度だよ」
「⋯悪い」
「なんかあいつ、妙にピリピリしてね? 俺そんな悪いこと聞いたか?」
確かに、唐突に聞かれて驚いたのもあったのだろうが、それでも理由もろくに聞かずに怒るようなことは、今までのメロスならなかった気がする。何かあったのだろうか。
「んーでも、喧嘩出来るほど僕たちと打ち解けてくれたってことじゃない? はいはい言いながらくっ付いてくだけじゃなくて」
「呑気だなぁ」
「どっちにしても、この時期に喧嘩とか迷惑だから、さっさと仲直りしてね」
確かに、受験が近付き、教室内は少し今までとは空気が違う。大事な時期に喧嘩は良くないだろう。
「⋯わかってるよ」
リュウも溜息混じりにそう呟いた。
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昼休みが終わると、メロスはちゃんと教室に戻ってきた。怒って本当に帰ってしまったわけではなかったようで、それはホッとしたんだけど、俺たちとは目を合わせようとはしなかった。
リュウも放課後に話をしようと思ってたみたいだったが、6時限目終了のチャイムが鳴ると同時に、メロスはすぐに教室を出ていってしまう。
「あの野郎⋯」
リュウは眉間に皺を寄せながらも、教室でメロスが戻って来るのを待つ。
すぐに帰ろうと思って飛び出したのだろうが、慌てていたのかスマホとコートを置いていってしまっていたので、戻って来るだろうと踏んだのだ。
「どこ行ったんだろうね」
「んー、コートあるし、外には出てないと思うんだけどね」
俺と学も勉強しながら教室で待つ。しかし、放課後になれば空き教室は鍵をかけられてしまうはずなので、校舎内にはそんなにいるところがないように思うんだけど。
「俺、ちょっと探しに行ってくる」
「じゃあ俺も行く」
「リュウはここで待ってて。見つけたら連絡するから」
「⋯わかった」
俺はスマホと自分のコートを持って、校内を順番に見て回る。ちなみに、スマホは授業中以外なら、電話のみ校内でも使用していいことになっている。
校舎内はやはり多くの教室がすでに鍵がかかっていた。となるとやはり外だろうかと窓から外を見てみると、グラウンドの端のベンチにメロスが座っているのを見つけた。
リュウに連絡をしてから、外に出てそっと声をかける。
「風邪引くぞ」
「⋯芳樹くん」
持っていたコートを肩にかけてやると、メロスは俯いて、小さくお礼を口にした。
もう怒ってはいないみたいだ。自分が悪いと思ってるのかな、これは。
すぐにリュウと学も校庭に降りてきた。
「なにやってんだよ、こんなとこで」
ぶっきらぼうだが、声色は心配しているそれだ。
「リュウ君、あの、ごめんなさい、僕⋯」
メロスが素直に謝ると、リュウは静かに頷いて、メロスの隣に座った。
「なんかあったのか?」
「⋯⋯」
「俺も、誤解されるような言い方したのかもしんねえけど、でもお前だって、いつもならあんなすぐキレたりしなかっただろ」
「⋯この前、連絡が来たんです。僕の星から」
「え?」
連絡?
想像だが、メロスたちの星は多分地球よりずっと科学が進んでいる。自家用の宇宙船をそこそこ多くの人が持てるのだ。少なくとも、宇宙に関する研究なんかは進んでいるだろう。
なので、実際どうなのかはわからないが、連絡が来るということは、そこそこ近くにいるってことじゃないのか?
「それで、なんて?」
「僕が通ってきたワープポイントが消滅してしまったので、すぐには来られないと言われました」
「そう、なんだ⋯」
俺たちは反応に困った。
メロスがすぐに帰ってしまうことがないというのは、正直嬉しい。ついさっきまでの喧嘩の原因でもあるわけだし、ここで喜びたい気持ちはある。
けど、親元に帰れないことを思えば、手放しで喜ぶのも不謹慎だろう。
「すぐにっていうのは、どれくらい?」
「多分、数年は先だと思います。あの時セリヌヴァカラ星を出て、避難先で待っている人は僕たちだけじゃないので、行けるところから順番に救助に向かってるでしょうし」
「そっか」
安全なところにいることがわかれば、後回しにされることだってあるのかもしれない。
「すぐには来れないと言われて、一瞬、僕は嬉しくなったんです。みんなとまだ一緒にいたいと思ってたので、これで卒業まで一緒にいられるって。でも、その後、急に不安になって⋯」
メロスは、俺が貸したコートの裾をきゅっと握った。
「卒業したら、バラバラになっちゃうんだなって。高校に行ったら、次は受け入れてもらえるかわからないですし、自分のことも、秘密にしないといけないのかな、とか考えたら、寂しくて⋯、」
声に濡れたものが混じり、小さくしゃくり上げる。静かに聞いていたリュウが、そっとメロスの頭を撫でた。
「そうだな。俺も卒業するのは寂しいよ」
「う⋯、リュウ君⋯」
「けど、バラバラになったって別に友達じゃなくなるわけじゃないし、会いたい時はいつだって会える。お前は高校は芳樹も一緒だろ? 大丈夫だ」
「でも、高校も、ちゃんと合格出来るかわからないです」
「大丈夫だよ。毎日ちゃんと勉強してるし、まだ時間もある。一緒にがんばろ?」
「う⋯っ」
メロスは手の甲で涙を拭って、潤んだ瞳で見つめてくる。
「卒業しても、仲良くしてくれますか?」
「当たり前だろ」
「わーん! リュウくーん!」
「ったく、恥ずかしい奴。普通こんなんわざわざ言わないぞ」
そう言いながらも、抱きついてくるメロスの頭を撫でてやるリュウの顔は、満更でもなさそうだった。
「でも、しばらくこっちにいるって、その、大丈夫なの? お金とか」
少ししてメロスが落ち着いた頃に、学が口を開く。
じいやさんが日本の偉い人と知り合いだと言っていたので、当面は面倒を見てもらえるんだろうと思っていたが、確かに気になるところだ。
「大丈夫です。しばらくは心配ないと聞いてますし、最近は、じいやがスキマバイトで稼いでくれているので」
「スキマバイト⋯」
「マジで日本に馴染んでるな、じいやさん」
ふとグラウンドを見ると、部活をやっていた子たちが帰り支度をしているところだった。
「俺たちも帰るか」
「そうだね」
夕焼けの下を並んで歩く。最近受験のことで頭がいっぱいだったけれど、メロスのおかげで気が付いた。こうして一緒に過ごせるのもあと少し。その時間を、大事にしたいなと思った。




