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不幸な人々②

〈ナギ、昼休みにて〉


 校長先生の拳骨と説教を受けたわたしは、頬を膨らませながらカオリに愚痴を言う。

「……そりゃ、わたしの方でも礼儀がなっていなかったのは反省するけど、あそこまで怒らなくてもいいじゃない。もしかして校長先生、もともと機嫌が悪かったのかな」

「色々と大変な仕事をされているからね、ストレスもたまるでしょうよ」

 まあ、校長先生も問題児ばかりのこの学校で苦労されているんだろう。これからは優等生であるわたしやカオリがそのストレスを少しでも減らすようがんばろう。そうだ、元気づけるために、境界の世界(クロス・ワールド)で学校の外壁を校長先生のイラストで埋め尽くしてあげようかな。

「ナギはこの話を受けるの? 活動拠点を用意してくれるらしいけれど」

「研究成果と記録はすべて提出しなきゃなんないんでしょ。何か監視されているみたいでいやだな。うーん、今回は断るっていうことで」

「……私たちのラボとして占拠してた空き教室のことだけど、今朝がた生徒会から出禁を申し渡されたわ。ほら、ナギの実験で窓を吹き飛ばしたでしょ? 目下、私たちは居場所がないの」

「あ、あれはなんだったけ、恋は爆発だ、っていう地球の記録(アース・レコード)の情報を基にした高度な実験で――」

「私も調べたけれど、あれって芸術は爆発だ、の間違いよ。ナギの早とちりのせいで修理費用を捻出したのは(市長)だったかしら。あーあ、お金もないし、場所もなくなるなんて」

「……」

「はい、決まり! じゃ、もう一つの条件でもある、他都市からの研究員加入もしないとね」

 そう、評議会は新春日部市だけでなく他都市の研究員を入れるようにと条件を示したのだ。他都市の知り合いと言えば、都市対抗戦(マルスルドゥス)で叩きのめした選手の皆さんぐらいだ。果たして呼びかけに応えてくれるだろうか。

「うーん、ライバル意識が過剰な奴らだし、せめて一都市でも参加してくれれば、遅れまいと他の都市も参加してくれそうなもんだけど」

「ちょうど良かった。実はニューゴールウェイから一人、アトランティス・ラボに入りたいって留学生が来てたの。彼と合流して今後のことを話し合いましょう」

 カオリは腕輪(メンシス)を操作し、通信画面を開いて留学生を呼び出そうとするのだが、一向に繋がらない。位置情報は二時間前にロストしており、どうやら相手の腕輪(メンシス)のバッテリーが切れているらしい。ちなみに、どうして他市のシステムを使っている相手の位置情報が分かるのか聞いたところ、カオリは笑うだけで答えてくれなかった。親友が将来、悪い意味でニュースに出ないようにと願いつつ、二手に分かれて探すことにする。

「マーロンっていう赤毛の男の子。見つかったらすぐに私に連絡をちょうだい」


 さて、そのマーロンを探していると、午後の講義に出るべく生徒が集まり始めた校内で騒ぎが起きていた。

「おい、何だこの生き物は? 家畜プラントからの脱走か?」

「くっそ、何て速いんだ。誰かウェスティン校長を呼んで! 脳筋のあの人なら――」

 どうやら家畜が迷い込んだらしいけど、とりあえず今は迷子の留学生が優先だ。その場を離れようとした時、あのウマが人込みをかきわけて、わたしの方へ走ってきた。

「え、ええっ、ウマ?」

 間違いなく昨日見たウマだろう。こんなナマモノ、いやイキモノ、この都市で他にいるはずもない。避けようとすると、なぜかわたしの側でぴたりと止まる。右に寄り、左に寄ってもついてくる。生徒の全員がわたしを疑いの目を向け始め、やがて校長先生もやってきて、声を震わせながらわたしとウマを指さした。

「ナギ君。校舎を騒がしているこれは君のペットかね」

「いいえ! とんでもありません」

「しかし、それが頬を舐めまわしているのはなぜだ。随分と懐いていると見える」

「……」

 わたしは涎だらけになった頬を手で拭い、天井見て深く息を吸い込んだ。アンラッキーデーというのは誰にでもあるものだ。これではどう弁解しても聞いてくれないだろう。となればとる手は一つ。この場から逃げ出すだけだ。変態王子がしていたようにウマにまたがり、口と結ばれたロープを握る。

「行け、ウマ!」

「ナギ君、待ちたまえ!」

「後で説明するからっ」

 ウマが校内を疾駆する。わたしより速いこの子の脚を使えばすぐに逃げきれるはずなのだが、なぜか周りの生徒が立ちはだかり捕獲しようとしてくる。様子がおかしいな、と辺りを見わたすと、境界の世界(クロス・ワールド)を通じて、校長先生が緊急放送を呼び掛けているのだ。

「全生徒に連絡、ナギ君と怪しい生き物が逃亡中。捕まえた者には十日分の休暇を約束しよう。スポーツ系クラブに所属している者には半年分の活動費もだす。諸君、学園の秩序を守るために手を貸してくれ!」

「何でよお!」

 休暇と活動費というエサを前に、獣と化した生徒が押し寄せてくる。しかしこちらも都市対抗戦(マルスルドゥス)のエース。スペースラグビー部の猛者共を次々と跳ね飛ばし、超電磁シューズ(グラヴィソレア)で壁走りをする三次元サッカー部のエースの首を掴んで床に叩きつける。そんな大混乱のさなか、わたしは赤毛の男の子を見たのだ。

「いた、マーロン! そこを動くな!」

 急いでロープを引いてウマの向きを変え、留学生のもとへ行こうとするのだけど、彼も慌てたようにこちらに向かってきて、ウマのロープに手を伸ばすのだ。ウマも彼に向けて何やら鳴き声を発している。

「どういうこと?」

 状況が分からず固まったわたしをチャンスと見たのか、早い者勝ちという利害を越えて団結した生徒たちが襲いかかってくる。報酬の独占よりも分配を選んだのだろう。その程度で満足するとは、器の小さい奴らだ。でも数の暴力の前に、私はともかくマーロンが弾き飛ばされる。

「手を伸ばして!」

 巻き添えをくらい、弾き飛ばされたマーロンの手を、すれ違いざまに態勢を低くして掴み取る。ウマもわたしの意図を察してくれたのか、太い首の力を使って引き上げてくれた。彼が落ちないようしっかりと抱きかかえると、わたしは裏庭にある酸素生産用の林に逃げ込んだ。その奥にある人工池のほとりにウマを寄せると、美味しそうに水を飲んでいる。当たりの様子を窺ってもどうやら追手はこないようだ。

「あなたがマーロンね。わたしはナギ。アトランティス・ラボの加入、歓迎するわ」

「よ、よろしく」

「どうしたの? 顔が赤いよ?」

「いや、これは、何というか」

 熱でもあるのだろうか。片手はロープを握り、もう片方は彼をしっかりと抱きしめているため、わたしはおでこをあてて彼の熱を測る。うん、やっぱり熱があるようだ。どこかで休ませないと。

「……ナギ、すまない。少し距離を取ってくれるか。その、密着するのは刺激的に過ぎる」

「刺激的? ふむ、確かに地球の記録(アース・レコード)では白いウマに乗った王子様に抱きかかえられたお姫様は恋をするというけど」

 もしかして、彼は恋のスキルがあるのだろうか。だとすればラボは優秀な人材を手に入れたことになる。色々あったけど、もしかして今日はラッキーデーなのかもしれない。考え込んだわたしを見て、マーロンは小さく何かを呟いた。

「はあ、昨日とあべこべだ。手を引くはずが引かれるなんて。まったくロシナンテがはしゃいで飛び出すからこんな騒ぎになるんだ」

「ん?」

「あっ」

 わたしの中で何かが結びつく。マーロンに懐くウマ、差し伸ばす手、昨日の変態王子――。

「もしかして……もしかして、あなた、変態王子?」

「変態じゃないっ、あれはカオリに乗せられて――」

「やっぱり今日はアンラッキーデーじゃないの!」

 そしてわたしは叫び声と共にマーロンを池に放り投げたのだった。

 


〈評議長、貴賓室でモニターを見ながら〉


「久しぶりに面白いものを見せてもらったわ。寿命が延びるとはこういう事ね」

 評議長は校内の騒ぎをモニター越しに観戦し、満足げに頷いた。これだけの元気があれば、もしかすると人類が抱えている欠陥を突破してくれるかもしれないと喜んだのだ。八十歳近くになるこの老婆は、さて、今後はどうしたものかと沈思する。ナギの存在を教えてくれた古い友人たちは、自然な時の流れに任せればいいと言っていたのだが、彼らも、管理者たる自分にも見守るだけの時間はあまりない。老化抑制施術(エイジング・デセル)を受けているとはいえ、無理をし続けてきた体は近いうちに限界を迎えるだろう。それにただ一人の後継者はまだ若く、様子を見るにいささか以上に不安である。だが、こちらから動くにしろ、もう少し様子を見た方がいい。何しろ宇宙船を彼女のラボとして提供するのだ。あの子がそれを用いて四都市をかき回し、それによる変化を見てから動いたほうが効果は高いはずである。

「どれだけ優れた素質を持っていても、まだまだあの子と一緒で幼い。身近な大人がしっかりと見守っていかないとねえ」

 そのためにはあの不幸な校長をどうやって慰め、そしてナギの後見をしてくれるよう頼めばいいか、評議長は目を閉じ考えるのであった。

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