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不幸な人々①

〈ウェスティン校長、その日を振り返る〉


 新春日部イースト・ハイスクールの校長であるウェスティンは、その日の騒動を終えて、自分がこの星の都市で一番不幸な人間だと考えていた。

 そう、始まりから不穏だったのだ。

 朝の七時半、今日も悪戯をする生徒(主にナギとその関係者だが)を追いかけるため、出勤前のストレッチを念入りにしていた時、評議会から緊急通信が入ったのが始まりだった。予知というよりも経験からその通信を受けてはならないと心が警告する。しかし、生真面目な自分はコンソールに手を伸ばしてしまったのだ。もし病中として回線を切っていればどんなに素晴らしい一日になったことか。

「ウェスティン校長、急な連絡ですまない。本日九時より評議長が君の学校を訪問することになった。これから伝えることを現地で手配してくれたまえ」

 もしかして自分は寝ぼけているのだろうか。月面都市にある四つの都市はそれぞれが国家といえる主権を持っている。そしてそれら国家の上に立つ評議会の代表がただのハイスクールに来るというのだ。困惑する自分をよそに、事務官は官僚という生きた見本を示すように淡々とスケジュールを読み上げていく。

「訪問目的は、新都市建設に関してある生徒に会うためだ」

「はあ、あの開拓団募集の一件ですか。生徒たちも盛り上がっていますからな」

「公表はまだのはずだが、君、情報漏洩をしたのかね」

 本当は公表は今日だったのだが、カオリが「うっかり」昨日に公表してしまったのだ。おかげで昨晩は都市全体がお祭り騒ぎとなり、市庁舎や警察などが対応におおわらわとなっていた。親として、行政の責任者としてカオリを咎めるべき市長は責任を太陽系外に放り出し、目じりを下げて娘のしたことを追認していた。

「いえ、市長の判断です。何かあれば、そちらへ問い合わせください。ところで生徒への会見の詳細をお聞きしても?」

 うちの生徒の責任です、という言葉をかろうじてウェスティンは飲みこみ、本題へと引き戻す。評議会から未熟な生徒をかばうあたりが彼の校長としての人間性を示すものであり、また甘さでもあった。

「そうだ、各都市がすでに研究を行っているが、評議会はその生徒へのみ、特別支援をすることに決定した」

「……それは結構なことですが、いったい誰のことで?」

 ウェスティンの頭に、ある生徒の名前が浮かび上がるのだが、理性と感情がそれを必死に押し留める。結果を聞くまでは希望は残っているものなのだ。

「ナギという生徒だ」

「……」

「どうした、管轄の生徒を把握していないのか? こちらも早朝に地球政府から推薦を受けたばかりで、詳細な人物把握はしていないが、さぞかし優秀な生徒なのだろうな」

 ウェスティンは、やはり寝ぼけているか、夢なのかと首をかしげる。不幸なことに彼の学校にはナギという生徒は一人しかいない。だがあの悪戯娘が優秀? まして評議長より上の存在である地球政府から推薦されるはずがない。早く目覚めろと頬を抓るが、その行為は痛みと事務官の不審を買うだけに終わった。通信を切り替え、急ぎナギを呼び出そうとするが、彼女がコールに出ることはない。仕方なく、いつも彼女とつるんでいるカオリを呼び出したのである。

「ナギは自室で寝ていますよ。その時間までに学校へ行くなんて無理です」

「ちょっと待て、何で寝ていると知っている?」

「だって、目の前ですやすやと寝息を立てていますから」

「……」

 自分は寮のセキュリティについて、何か対策を取った方がいいのではないかとウェスティンは痛む頭を押さえる。しかし今は友人の部屋に無断で侵入し、寝姿を観察している彼女だけが頼りなのだ。

「とにかく彼女を起こして、連れてきたまえ」

「連れていくのはいいですけど、条件があります」

「条件だと?」

「彼女のマネージャーである私も評議会との話の席に参加しますね」

「……いつからマネージャーに?」

「今この時ですけど?」

 ウェスティンは、この世の中には知らないことがたくさんあるのだと、教育者らしく考える。地球からの指令も然り、生徒がマネージャーをつけているという真実然りだ。しかし、何で今日に限って知りたくもない事実がぽこぽこと湧き出でてくるのだろう。願わくば、これで最後にしてもらいたい。

「しかしだな、先方は出席者も厳格に指名して――」

「あら、できないというのなら言い方を変えましょうか」

 学園でも評判の才媛は、にっこりと笑顔をウェスティンに向けた。

「この学園の寄付金の半分は私の父(市長)から出ていることを知っておられますね」

 娘に甘い親馬鹿(市長)の顔を思い浮かべ、ウェスティンはついに生徒に屈したのだった。彼は二人が到着するまでの間、何のことはない、わが校にトラブルメーカーがもう一人いただけなのだと、統計的な数の少なさで自らを慰めていた。その二人が他の生徒の数百人分のトラブルをつくるとの予感には目を瞑りつつ、彼は校長室を掃除し、評議長の到着を待ったのである。それから九十分後、予定通りに評議長が学校を訪れた。そしてそこからさらに九十分ほど、ウェスティンはナギ達がくる時間を稼ぐことになる。幸い、温和な老婦人である評議長は急なスケジュールなのだからと理解を示してくれるが、それで彼の胃痛が収まるわけでもない。もう朝から何度目になったか分からないため息をついていると、元気な声と躍動的な足音が校長室のドアを蹴破るようにして入ってきた。

「ナギ、ただいま到着しましたっ。で、校長先生、評議会の偉いさんってどこにいるんですか?」

「……君の目の前に座っている御方だ」

「あっ、よろしくお願いしまっす! ところでカオリからわたしの研究にお金を出してくれるって聞いたんですけど、本当ですか? それってどれくらい?」

「ナギ、足元を見られてしまうから自分から金額をいわない方がいいわ。交渉はマネージャーである私に任せて」

「へっ? マネージャー?」

 開口一番、目を輝かせてお金のことを聞いてくる教え子らに、ウェスティンは、正直は美徳だ、と教えてきた自分の信条を捨てようかと考える。だがそれよりも先に、朝から各方面の無理な要求に耐えてきた堪忍袋の緒が切れたのである。

「ばっかもーん! お前らは常識を知らんのか!」

 そして評議長の前で新春日部イースト・ハイスクールの日常の風景の一つ、ウェスティンの説教が始まったのであった。


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