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宇宙開拓時代の恋愛の仕方

〈ナギ、カフェにて〉


「ではいたっだきまーす!」

 駅横のカフェで、わたしは大きく口を開けてパフェを頬張った。

 いささか食べづらいのは目の前、というか鼻を突き合わせるくらいの距離で、幼馴染のカオリがわたしをじっと見ているからだ。

 ……むう、カオリめ。もしかしてパフェを奢らなかったことを恨んでる?

 でもこれは絶対に渡さない。地球で流行しているという限定品のトンカツパフェは、これが本日最後の品なんだから。

 がつがつと食べていると、カオリが呆れたようにため息をつく。

「はあ、ナギのような食いしん坊でも――」

「誰が食いしん坊よ!」

「いやしいとか、品がない食べ方だとか、動物みたいとか言ってないだけいいじゃない」

「……例えがスラスラでてくるのが気になるけどさ、その後なにか言いかけたじゃん」

「もし王子様がナギを迎えに来たら、恋に落ちるかなって」

 わたしは友人の額に手を当て、熱がないことに安心をする。でもそれはそれで正気なのかと不安になる。

「そんなシチュエーションで恋に落ちる人がいるもんか! 地球の中世時代のコスプレをする奴がいたら、怖くて通報するでしょ」

「そう? だって地球の記録(アース・レコード)には怖い経験やびっくりした経験は恋に近いものだ、って書いてあるし。ほら、ここ、つり橋効果っていうやつ」

「んなもん恋であってほしくないっ」


 ――人工太陽が都市ドームを明るく照らしている日曜日の午後、わたし達はこんな感じで駅前のカフェで恋の研究成果を話しあっていた。

 恋を失ったわたし達に不便はないけれど、なぜか無性に気になってしまう。

 それに、古びた倉庫にあった百年前のラジオから流れ出たあの歌だ。あの歌を耳にした時から、心に何かが満ちて、そして引いていくのだ。もしかしたらその心のさざ波こそ濃いかもしれない。そう考えたわたしは恋愛研究ラボを立ち上げ、仲間と共に研究に勤しんでいる。

「それにしたって、王子様はないんじゃない。ここは火星の新春日部市よ」

 そう、ここは火星にある、日本からの移住者によって建設された新春日部市。日本文化を受け継ぐこの都市にはもちろん王子様という存在はない。リアルでいたら、それはただの変態である。

「じゃ、廃棄宇宙船からくすねてきた、ええと別冊パンジーや花とロマン、カチューシャっていうコミックデータに書いてあることは嘘っていうの? 日本で発行された本だし、地球では流行っていたんでしょう」

 十日ほど前。

 わたしとカオリは古い恋の記録を探そうと、宇宙港の奥にある廃棄区画に行ったのだ。そこには百年前の移民船が放棄されていて、こっそりと侵入する。古いコンピューターの基盤とメモリをはぎ取って、その中に保存されていたデータを分析したらそういうコミックしかなかったというわけだ。偏った情報なのは仕方ないが、二人してコミックを徹夜で読み続けたのだけど、その結果は――。

「あんなのが流行するなんて、やっぱ地球の人っておかしい!」

「だよね。でもナギ、このコミックの女の子の表情、素敵だとは思わない?」

「……それはそうだけど」

「やっぱり恋ってとってもすごい感情なんだわ。ほら、評議会が発表した――新しく建設される都市の移住条件としても挙げられているじゃない」

「恋を知る者、新しい時代の惑星開拓者(コスモ・ハビタトル)となれ、ってやつね」

 カオリが言う通り、評議会は新しい都市建設に乗り出すことを市民に示していた。火星には新春日部市、第二香港特区、ネオカーフィラシティ、そしてニューゴールウェイの都市がある。

 限りある資源を守るべく、人口が増えすぎないように人工子宮(アトランティス)によって完璧に調整されているので、都市が手狭になったわけではない。百年もの間、スポーツ以外では都市間交流をしないことで強固な文化基盤を作らせ、各都市に独自の進化を促していたのだ。今回の新都市建設はその進化を統合し、新たな開拓につなげるものだとか。

「それにね、その都市がつくられる場所なんだけど――」

 カオリは悪戯を企むような目をわたしに向けた。そして、市長の娘であるカオリならともかく、わたしのような一般人が聞けば留置所に入れられるような情報を彼女は笑いながら気安く放り投げる。

「実は火星じゃないらしいよ」

「もしや、とうとう外宇宙へ開拓団を送り込むの!」

 興奮して席を立ち、膝をおもいきりテーブルにぶつけてしまう。わたしの取り乱しぶりにカオリは満足したらしく、紅茶をこくん、と一口飲んで情報を追加する。

「ええ、それも数百人規模が乗れる宇宙船を開発しているわ。開拓団はこれまで醸成してきた文化と遺伝子バンクを携えて旅立つことになるでしょうね。コールドスリープでの長い旅になるけど」

「じゃ、じゃあさ、もし地球型の星に着いたら、境界の世界(クロス・ワールド)で表示された、見せかけだけの自然ではなくて本当の草原や土の上で走れるかな」

「もちろんよ。ナギがこれまでみたいに暴れても被害が少ない環境だと保証するわ。新春日部市はあなたに建物や外壁を壊され続けてきたから……うん、これは開拓団を送るというより、市を挙げて危険人物を追放するに近いのかな」

「ちょっと、人を破壊魔みたいにいわないで」

「あら、昨年の都市対抗戦(マルスルドゥス)での反則王は誰だったかしら」

「あれはニューゴールウェイの奴らが挑発してきただけで、正当防衛ってやつよ」

「ルール上の行為でノックアウトさせたのは第二香港特区の三人と、カーフィラシティは……ええと、二人だったかしら」

「……四人」

 カオリが呆れたように天を仰ぐ。

 彼女を刺激しないためにルール外でしでかしたことは申告しないでおこう。目を少し伏せたのは、コミックであった物憂げな女の子の表情を真似したからだ。うん、地球の文化を学んだ成果ともいえる。こうすれば相手は心配してくれるにちがいない。そして会話の流れを自然に変え――。

「ちょっと、なに目を細くしてふてくされているのよ。事実は認めなさい」

「……」 

「少しは上品にふるまってよね。よそのチームから何て呼ばれているか知っている?」

「たしか俊足の乙女って。けっこう印象いいんじゃない?」

「すこーし違うわね。ペテン師ナギ(俊足の戦乙女)、手品のような動きに惑わされた挙句、あっという間にノックアウトされる暴力女って」

「あいつら、次の試合でも痛い目にあわせてやる!」

「……やっぱりナギには恋が必要かもね」

 仲の悪い他の都市への復讐は今後の課題(綿密な計画のもと実行すると決意する)として、恋の研究の続きは明日、学校のラボですることにした。別れ際、カオリがまた何かを企んでいるかのような笑顔を浮かべて呼び止める。

「ねぇ、このコミックにある、恋の運命って信じる?」

「運命? ま、見たら信じるけど。それがどうしたの?」

「ううん、何でもない。ナギに素敵な運命が待っていることを願ってる」


 わたしはカオリと別れ、オートタクシーを拾って帰ろうとした。でも今日に限ってなかなか捕まらない。境界の世界(クロス・ワールド)の拡張デバイスである腕輪(メンシス)を操作し、目の前の空間に配車アプリを表示させるも、どういう訳か全ての車に予約不可の表示が出る。

「おっかしいな。何かのエラー?」

 わたしの年齢ではマニュアルカーは借りられないし、さてどうしようと悩んでいると男の人の声が聞こえてきた。

「車がないのかい? なら僕が送ってあげようか?」

 うんうん、やはり日頃の善行はこうやって返ってくるものだ。わたしは感謝して、その声に向かって振り向いた。

 で、固まった。

 だって、目の前には白いウマに乗った王子様がいたのだ。

 あれ、今日は広場の境界の世界(クロス・ワールド)で映画とか上映していたっけ?

「お嬢さん、どうぞ乗ってください。景色のきれいなところでお話ししましょう」

 白いウマがヒヒン、と首を振り、大量の涎がわたしに降りかかる。その生暖かさによって目の前の光景が残念な現実である事を証明してくれる。

「え、えーと、間に合ってます」

 私は笑顔を王子様に向けたまま後退りをする。

 そう、たしかクマという生物に出会った時は背を向けずゆっくりと距離を取ればいいらしい。ウマは、ウマはどうするんだろう……。ともかく、動物の追走本能を刺激してはいけないのだと地球の記録(アース・レコード)に書いてあったはずだ。

「あれ、逃げようとしてません? 僕は怪しい者ではありませんよ」

「い、いやだな――決して変態コスプレ野郎とか思ってないから。うん、ないったらない」

 思わず本音を言ってしまうと、見抜かれたと思ったのか相手の目が揺れる。わたしはもはやこれまでと、背を向けて逃げ出した。

 ウマは知らないがクマは百メートルを六秒で走るのだと授業で習った。でも私は都市対抗戦(マルスルドゥス)の新春日部市のエースだ。競技用のグラヴィソレアと呼ばれている超電磁シューズ(違法改造済み)を履いている限り、そのぐらいなら逃げ切れる脚はある。

「待ってください、僕の話を聞いてください!」

「誰が待つもんか!」

 超電磁シューズ(グラヴィソレア)の踵を地面に強くタップさせ、全性能を解放する。これがある限り百メートルを五秒で走り抜け、変態から逃げることもできる……はずだった。

「へっ? はぁあああ! 何で追いつけんのよっ!」

「アイルランド産の名馬のクローンです。百メートルを四秒半で走りますよ?」

 何てこった。ウマはクマよりも早いらしい。ちゃんと地球の生物の授業、聞いておくんだった。相対速度ゼロで手を差し伸べる笑顔の変態を前に、わたしは生まれて初めて悲鳴を上げる。

「ぎゃー! 変態! 誰かだずげでー」

 この際、叫び声がコミックの少女のそれとは少し違ったという指摘は甘んじて受けよう。

 でも研究の成果を発揮するよりも命を優先したいときがあるのだ。

 ……結局誰も助けてくれなかったけれど。

 だから交番前に立っていたお巡りさんに助けを求めるのは当然の流れだった。

「お巡りさん、この変態を何とかして!」

「お、なつかしいな、馬じゃないか。最近の映画は境界の世界(クロス・ワールド)を使って街中で使って宣伝するのかい? うんうん、よくできたもんだなぁ」

 駅前広場のお巡りさんは、コーヒーを片手にドーナツをむしゃむしゃ食べながら感心したようにうなずいた。すれ違いざまゲップまでしたあの無能者には、市長の娘であるカオリのコネを使って天罰を与えることを心に誓う。持つべき友人は権力者の娘である。

「ねぇ、逃げないでよ! 話があるって――」

「せめて普通のカッコをしてから出直して!」

「これには事情があって――っと、捕まえた!」

 その瞬間、わたしは覚悟を決めた。

 ええい、反則王の実力、見せてあげようじゃない!

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― 新着の感想 ―
ナギとカオリの仲の良さやキャラクターの個性が丁寧に描かれていて、読んでいて微笑ましく感じました。SF的な設定(火星の都市、人工子宮、コールドスリープなど)が恋愛や日常と結びついているのが新鮮で、不思議…
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