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蒼天の比翼  作者: ペンギンの下僕


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楚宋の苦難

 子反の推測通り、晋の欺瞞はやがて商丘の人も感じ取り始めていた。一時は、援軍来るの報によって沸き立った城内は、今や喪中のように静まり返っている。

 武器は欠け、食料も尽き欠けている。今や臣民は、楚兵と戦いながら空腹とも戦わねばならないという有様である。

 しかしそのような中にあっても、降伏を口に出す者はなく、逃げる者もいなかった。

 宋の文公は将兵の苦しみを見て、我が事のように胸を痛めた。華元の言葉に従い、宋が亡ぶまで遂げるという覚悟で始めた戦いである。しかし、楚からの酷烈な攻めを受けて、しかも食事さえ満足に取ることが出来ない。そのような将兵を見て、心に弱気が生じたのである。


「晋からの助力など、ありそうにない。あの使者は我らに嘘を吐いたのだ」


 文公は華元を呼んで、そう零した。


「私は、鄭伯に倣おうと考えている」


 かつて熊旅は、鄭の襄公が熊旅にしたように、肉袒牽羊しようと言っているのだ。


「我らは礼を尽くし、義を貫いた。先に信義に背いたのは晋のほうであり、我らが降ったところで誰もそれを責めることはあるまい」


 それが文公の言い分である。華元は、暫く黙り込んでいたが、やがて口を開いた。


「しかし、鄭伯と同じように遇してもらえるかは分かりません」


 楚は宋を亡ぼすつもりで攻めてきている。冬に兵を出し、年が変わり春が来ても退かぬことを見ても明らかであり、謙譲を見せればそのままに宋を地上から消してしまうということもあり得るのだ。


「元より我らはその覚悟であった。どうせ亡ぶならば、これ以上、臣民が死なぬほうがよいではないか」

「お考えは分かりますが、もう少しだけ、耐えましょう。自ら亡ぼすことは、いつでも出来ます」


 華元という老人は、穏やかな声で諫止した。


「この籠城戦は、守る我らも苦しいですが、攻める楚にとっても厳しいものでございます。楚と宋は遠く離れており、しかも大軍です。その糧食をいつまでも保つことは難しいでしょう」


 そうなるまで耐えれば、楚はおのずと去る。しかし、楚人が飢えに苦しみ始めるまで、宋人が飢えに耐えられるかは分からない。戈矛を交わして戦いながら、忍耐でも競わねばならぬということになる。

 文公は悩んだが、それでも、華元の言を容れた。


 ――ここで亡びれば、我らは二度、亡んだこととなる。


 商という国が地上から永遠に消えて、その遺民が為した国が、また消える。自らの意志でそれを為すというのはあまりに重い決断であり、華元から一縷の望みを示された文公は、それに縋ったのである。




 さて、華元の見立て通り、熊旅は苦しんでいた。

 時は五月である。八か月近く、国を空けて商丘を囲んでいることになり、将兵の多くは戦に疲れ、望郷の念を抱き始めている。加えて、兵糧も少なくなってきた。


 ――何故だ。何故、こうまで商丘は()ちぬ?


 空を見上げた。輝く仲夏の太陽が、鋭く熊旅の目を()く。眩しさに、思わず熊旅は顔を伏せた。邲の戦いの後には、今にも掴めそうだった蒼天が、今はとても遠く感じる。

 この期に至って、ようやく熊旅は、


 ――私は、誤ったらしい。


 ということを、悟った。宋を亡ぼすことは叶わず、この戦いで得られるものはない。ならば、少しでも損なうものを減らすのが主君としての責務である。

 熊旅は、退くことを決めた。

 しかし、その布告が陣中に広まると、一人の少年が熊旅の馬前に現れて、稽首してきた。申舟の子、申犀であり、熊旅はその口から出る言葉を知りながらも、聞かぬわけにはいかなかった。


「我が父は死ぬことを覚悟し、その上で王命を受けたのです。それはひとえに、王が言質の通りに宋を()ってくださると信じてのことにございました。王は、父との誓約を棄てられるのですか」


 正論である。熊旅は、返す言葉を持たなかった。

 もはや熊旅は、進みあぐねながら、退くに退けない。その苦難を近くで見ていた子反は、震えていた。


 ――子重どのの言った通りである。


 それが華元という人の深淵であるのか、あるいは、宋という国の脅威であるかは分からない。しかし、ここまでして宋を亡ぼせず、大軍を率いて商丘を攻め立てているはずの楚のほうが、気が付けば苦境に立たされている。恐れずにはいられなかった。

 しかも子反は、司馬でありながらこの難局にどう挑めばよいか分からない。そのために、主君であり兄弟たる熊旅の苦悩を目の当たりにしながら、何の進言も出来ないでいる。

 無力を嘆きながら、子反は車を降り、熊旅の車のほうへ向かった。そして、今は熊旅の御者をしている申叔時(しんしゅくじ)に近寄った。今の楚に、申叔時に勝る賢者はいない。子反は自らの無力をさらけ出し、熊旅のために進言して欲しいと頼み込んだ。

 その請願は通じたらしく、申叔時は手綱を手放し、熊旅のほうを向いた。


「商丘の城外に家を築き、土地を耕して兵糧を養うがよいかと存じます。そうすれば、宋は必ず王に従うことでしょう」


 申叔時にしては、精彩を欠く策である。農耕が一朝一夕で為るものでない。しかし、申叔時の智恵は熊旅も知るところであり、悩んだ末に熊旅は申叔時の言葉を容れて兵に命じた。

 その日の夜、子反は密かに申叔時の下を訪ねて、昼間の献策の意味を聞いた。子反からしても、真意の分からぬものだったからである。

 しかし申叔時は爽朗に笑いながら、


「これで、宋はきっと王の命に従うようになるでしょうな」


 と、言った。それ以上は何も教えてもらえなかったので、子反としては腑に落ちない。

 楚の兵たちは、熊旅に命じられた通りに家を築き、耕作を始めた。しかし当然ながら、まだ蒔いた種が芽吹くことすらない。そして、耕作に人を取られているため、商丘を攻める手も弛緩してしまっている。

 子反もまた、司馬でありながら、時には家臣らが土地を耕すのを監督することもあった。

 手に鍬を握って額に汗する自家の兵たちを見ていると、今が包囲戦の最中であることさえ忘れてしまいそうになる。それくらい、似つかわしくない光景であった。


 ――しかし、兵たちの顔に、少し生気が戻ってきたような気がするな。


 いつまで経っても()ちる気配のない城と向き合うよりは、生死から離れたところで大地に向き合うほうが気も楽になる。申叔時の献策は、憔悴した兵たちの心を憩わせるためのものであったのかもしれないと、子反は思った。

 ところが、その日の夜。信じがたいことが子反の身に起こった。

 夜も過ぎ、帷幕の中で(しょう)に伏せていた子反の身を、何者かが揺すって起こした。夜警をしていた兵士であろうかと思い、体を起こしてみると、見知らぬ老人が膝をついている。不思議に思った子反が誰何すると、


「私は、宋で右師を務めている華元という者でございます。司馬さまには、突然の訪問をご寛恕いただきたい」


 と言うのである。子反の眠気は一気に醒め、驚愕で牀から転げ落ちそうになってしまった。

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