第三章・2
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「話を聞いてほしいんじゃないんですか」
突っ立っている常磐に鈴がぐずぐずするなと言う様に言う。
「は、はい」
常磐は慌てて靴を脱ぎ、座敷へと上がった。
「僕も聞いてていいですか?」
霧藤が常磐に訊く。
「ええ。俺は別にかまいませんけど」
机を挟んで鈴の向かいにある座布団に常磐は正座した。目の前の鈴はどうみても子供なのに、なにか不思議な威圧感があり緊張してしまう。
「あなたのお名前は」
「常磐 要といいます」
「差し支えなければ職業を」
「えっと、そこの霞野署で刑事をしています」
言ってしまってから言っても良かったのだろうかと後悔する。しかし鈴は無反応。
「それでは常磐さん。あなたが見た夢というのは」
「はい。自転車に乗った女の子が現れるところから、その夢は始まったんですが……」
常磐は鈴に簡単に夢の内容を話した。
「それで、その女の子に向かってナイフを振り下ろすところで、目が覚めました」
鈴はただじっと常磐の話を聞いている。
「……こんな感じなんですが分かってもらえましたか?」
「ええ。まあ」
簡単な答えが返ってくる。
「それであなたは、その夢を見たときどんな気分でしたか」
鈴がそんな質問をしてきた。
「どんなって……」
「教えてください」
「それは、ドキドキして……」
「ドキドキ。つまり?」
鈴に更に訊かれて常磐は戸惑った。
「つまり……」
「怖かったってことかな」
霧藤が後ろから助け舟をだすように言った。
「ええ。そうです。心臓がもうバクバクと」
常磐は霧藤を振り返る。
「その動悸は本当に恐怖によるものでしたか。それとも……」
鈴が途中で言葉を切る。
「それとも?」
鈴の方へ向き直る常磐。他に何があるというのだろうか。鈴がじっと常磐を見ている。なぜか訳のわからない不安がじわじわと襲って来た。
夢の中。
叫び逃げようとする少女を前に息は荒くなり、心臓の鼓動も苦しいくらいに打っていて、それが恐怖でないとしたら? なんだというのか。
「まあ鈴、問題はその後なんだ」
「そ、そうなんですよ」
霧藤の言葉に常磐はまた話を続けた。
「夢で見た少女が俺の目の前に現れたんです」
「で、夢で見た通りに襲われたと」
「はい」
「……」
少し考える鈴。
「ほら、面白いだろ?」
霧藤が言う。この人やっぱり面白がっていた。
「別に」
鈴は素っ気無く言った。
「刑事でその事件を追っていたのなら、追っている事件に近い夢を見る事くらいあるでしょう」
「そうよ。そのくらいで鈴様の手をわずらわせないで」
ちゃっかり鈴の隣に座っている灯に怒られた。
「うーん。まあ、君は意外と真面目そうだしね。事件の事ばかり気にしてたら、夢にでてきてもおかしくはないか」
霧藤までそんな風に言い始める。
「でも、あんなに現実的というかリアルな夢は初めてで」
一生懸命相談したのに返される言葉はどれも素っ気なく、常磐は腑に落ちない。
「今朝見た夢も同じような感覚だったから」
「今朝の夢?」
霧藤はやはり興味があるようで、すぐに聞き返して来た。
「はい」
「それで、その夢は」
鈴も仕方なくといった風に常磐に話の続きを促す。常磐は思い出すように一度目を閉じた。
「……俺は紙袋を持ってるんです。ちょうどこれぐらいの」
常磐は手で袋の大きさを示した。幅も高さも三十cm弱といったところ。
「そんなに大きくはないんですが、なんだか手にずしっと来るような」
「夢なのに?」
霧藤が突っつく。
「ええ。なんとなく」
確かに。夢の中で重さを感じるなんておかしいかもしれない。
「そして、俺はその袋を持って階段を上がるんです。あれは霞野署の正面玄関の階段でした」
「なぜ霞野署だと?」
「毎日見てますから。あれは確かにうちの署でした」
鈴の質問に答えてから、常磐は続けた。
「俺はその袋を持って一階奥の男子トイレに向かって……あんまり使われないトイレなんですけどね。そのトイレに入って、更に三つある個室の真ん中に入ると、まず便座の蓋を閉めてその上に紙袋の中から取り出した箱を置きました」
「箱?」
「はい。ダンボールでできた小さな箱でした……」