第三章・1
第三章
―1―
黒っぽい着物を着た中学生くらいの少年が、だるそうに机に頬杖をついている。黒くて短い髪には小さな鈴の髪飾りがつけられて、なるほど占い師らしい、なにやら独特の雰囲気が漂っている。
常磐はその顔を見て、ちょっと考えた。
「……あれ、どこかで会ったことある?」
「ナンパなら余所でやれ」
少年が見た目と同じくだるそうな声で言った。
「そ、そういう訳じゃなくて」
どこかで会ったような気がしたのだが。
「ちょっと、お兄さん。困るなあ」
大酉が溜息まじりに言った。
「この子が夢占い師?」
つい口からでた言葉に、目の前の少年の顔つきが険しくなる。
さっきの灯という少女といい、どうして自分はこんなに睨まれるんだろうと常磐は思った。
「大酉」
少年が大酉を責めるようにその名前を呼んだ。
「すみません。止めたんですけど」
「君が鈴君?」
常磐は身を乗り出して、座敷の少年に話しかけた。
「俺最近、変な夢を見るんだけど、ちょっと占ってもらえないかな。頼むよ」
なるべく優しく頼んでみたつもりだったのだが、
「大酉」
少年はもう一度大酉の名前を呼んだ。
「はい」
大酉は答えて、常磐の腕を掴むと半分乗りあがっていた座敷から引きずり下ろした。
「いててて。何するんですか」
「頼むから。無茶はしないでくれないかな」
言いながら大酉は座敷の戸を閉めた。
「無茶って……」
カラララン
「いらっしゃいませ」
ドアベルの音に大酉が店の入り口に向かって言った。
「あれ、早いですね」
入って来た人物を見ると、大酉はそう言った。
「うん。入ってた予約が立て続けにキャンセルになってね」
その人物は片手に持った新聞を見ながら、慣れたようにカウンター席に座る。
「あ、あなたは」
常磐の声にその人は新聞から顔を上げた。
「あれ」
その人は常磐の顔を見て、やがてあの人当たりのいい笑顔をみせた。
「昨日の刑事さんじゃないですか」
「どうも。えっと……」
「霧藤です」
「そう、霧藤さん」
入ってきたのは精神科医の霧藤愁成だった。
大酉が少し驚いたように常磐を見る。
「刑事さんだったの?」
「ええ、まあ、はい」
「奇遇ですねぇ、こんなところで……」
いいかけて霧藤は、
「いや……もしかして、夢占に?」
「はあ、実は」
ますます気恥ずかしくなりうつむく。
「なんだ、そうなんですか。で、どうでした?」
楽しそうな霧藤。
「それが……」
「あれ、まだみてもらってないんですか?」
首をかしげる霧藤に大酉が苦笑まじりの顔をした。
「その人、鈴さんを直接見たもんで」
「直接? ああ、なるほど。鈴の機嫌を損ねたわけか」
納得したような霧藤。
「俺、何かまずい事いいましたか?その、鈴君に」
「うん、それがまずダメだと思うね」
「え?」
「鈴“君”」
「それのどこが?」
「あなた歳は」
「歳ですか? 二十六になったばかりですが」
「でしょ?」
「それが何か」
霧藤が何を言いたいのか、さっぱり分からない。
「朝日奈鈴。彼はあなたより年上だ」
「え?!」
驚く常磐。
霧藤は座敷に向かって言った。
「鈴。起きてるんだろ? 鈴」
返事のない座敷。
「まったく。しょうがないな」
霧藤は座敷まで行くと、遠慮なく戸を開けた。
「鈴。昨日話しただろ。ほら、この人が予知夢刑事さんだ」
予知夢刑事……。
深夜枠の低予算ドラマにもなりそうにない。
「だから?」
興味のなさそうな占い師、鈴の声が返ってきた。
「話だけでも聞いてみたら? ここにだって、予知夢を見るなんて人は滅多に来ないよ?」
鈴は面倒そうに立ち上がると、戸のそばまで出て来た。一段高くなっている座敷から冷たい目で霧藤を見下ろす。
「俺にどうしろと?」
「だから、話だけでも聞いてみたらどうだと言ってるんだよ」
霧藤と鈴の会話。いったいどういう関係なのか。あまり仲良しというわけでもなさそうだ。なんだかピリピリとした空気が広がり始めた時、
「鈴様!」
甲高い声がして、みんながそちらを見た。
「もうお目覚めになったんですね!」
そう言って小柄な鈴に抱きついたのは灯。先ほどまでの不機嫌な少女と、同一人物とは思えないくらいにご機嫌だ。
「灯……もう帰ってたのか」
灯の腕をやんわりとはずす鈴。
「はい。真っ直ぐ帰ってきました」
「それは実に感心だ」
霧藤の言葉に灯がまた不機嫌な顔になる。
「なんで霧藤ももういるのよ」
「仕事にキャンセルが入ってね」
「あ、そう」
灯は素っ気なく言ってから、常磐のこともまた睨んだ。
「あんたはなんでまだいるのよ」
「なんでって言われても……」
困った。できれば、すぐにでも帰りたい気分だ。
「鈴、もしかしたら彼は君と同じワタリかもしれないよ」
霧藤が言った言葉に鈴がわずかに反応したのが分かった。
ワタリとはなんだろう。
「そんなわけないでしょ」
否定したのは鈴ではなく灯。
「鈴様と同じ人なんていない」
常磐には霧藤たちが話している意味がよく分からない。
「わかった」
鈴がため息と共に言った。
「話だけ聞きましょう。どうぞこちらへ」
鈴は他人相手の丁寧な言葉で、常磐を部屋の中へと促した。