第二章・2
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「えっと……たしかこの辺……」
昼過ぎ、病院で腕を診てもらったついでに、常磐は署から歩いて行ける距離にある、その夢占いの店を探していた。
「蜃気楼ここか」
大通りから路地を一本入り住宅街へと向かう細い道の、急な階段の下にその店はあった。
懐かしいというより古めかしい喫茶店のような店で、昼間なのに薄暗く、外からは中の様子を見る事はできない。まあ、よく言えばモダン。占いの店としてはこのぐらいの薄暗い雰囲気の方が、それっぽくていいのかもしれない。
足下の電飾のスタンド看板に蜃気楼-kaiyagura-と書いてあるが、他に看板のようなものは出していなかった。
少し入りづらい。
常磐はドアを開けようとして首をかしげた。
そこには『営業中』の札がかかっていたのだが、その下に『起床中』という札もかかっていたのだ。
「起床?」
常磐がいぶかしげにその札を見ていると、ドアが開いた。カランというドアベルの音。中からは着物姿の男が出て来た。黒い前掛けをして、癖のある髪を小さく後ろで結び、丸眼鏡をかけている。歳は40前後といったところ。ここの店主だろうか。
男は店の前の常磐を見ると、にっこりと笑った。思わず常磐も愛想笑いを返す。
そして男はドアにかかっている『起床中』の札をひっくり返した。そこに書かれていたのは『就寝中』の文字。
「?」
なんだこれは。
常磐が疑問の顔で札を見る。
「今日のおすすめは抹茶ババロア」
男が常磐に言った。
「え?」
「よければどうぞ」
「抹茶ババ?」
「抹茶ババロア。ほうじ茶とのセットで四百円」
「はあ……」
「あれ、お茶を飲みたいわけではない?」
くだけた口調で男が言って、首をかしげた。
「ええ、あの、ここって蜃気楼ってお店ですよね」
「うん。そう」
「夢占いの店じゃないんですか?」
「え? ……お兄さん、もしかして夢占に来たの?」
「ええ……まあ」
「あはははは」
急に男が笑った。
「失礼。ああ、そうか。ごめんごめん。確かに、うちは夢占もやってるよ。でも、基本は和風喫茶ってことになってるんだ」
「そうなんですか」
「いや、来たのが女子高生とかOLさんとかなら、そっち目的かなぁとは思うんだけど、お兄さんみたいな人は珍しくってね」
「そう……ですか」
まあ……そうだろう。
「でもそうか。困ったなぁ」
男がまだおかしそうに言った。
「何か?」
「うん、実はね」
男が言いかけたとき、
「ちょっと、どいてもらえない?」
不機嫌な声がして、常磐と男はそちらを見た。
常磐の後ろには、いつの間にか制服姿の少女が立っていた。高校生だろう。長い黒髪が綺麗な少女で、常磐は昨夜の事件と夢を思い出す。
しかし目の前の少女はかなりきつい性格のようで、
「邪魔なんだけど」
と常磐を睨む。かわいい顔をしているのに、その睨みは結構な迫力だ。
「す、すみません」
常磐はドアの前からどいた。
「おかえり。灯ちゃん」
そう言った男にも、灯と呼ばれた少女は冷たく言い放つ。
「油売ってんじゃないわよ大酉」
男……大酉という名のようだ……は、にこにこと笑顔で
「いや、この人がね、夢占に来たって言うもんだから」
大酉の言葉に、常磐は男のくせに占いなんかに来た自分が、だんだん恥ずかしくなってきた。
「はあ?」
灯がさっきよりも険しい顔で常磐を睨む。
「でもね」
大酉がドアの『就寝中』の札を指差す。それを見て、灯は常磐をちょっと馬鹿にしたような笑顔で見た。
「残念だったわね。鈴様はお休み中なの。出直してきなさい」
そう常磐に言って、店の中へと入って行ってしまった。
「りんさま?」
訳が分からない様子の常磐に、大酉はおかしそうにくすくすと笑っている。
「ごめんね。本当はいい子なんだけど」
「はあ」
残念ながらそうは思えない。
すっかり意気消沈している常磐に、大酉はにこやかに言った。
「せっかくだから、入っていってよ。夢占もいいけど、うちのお茶はなかなかだよ?」