第二章・1
第二章
―1―
「おお、おはよう。英雄」
翌日、署にやってきた常磐を見て西山が言った。
カツラを被っていない西山の本当の髪型は、ショートの癖毛。西山にはロングよりもこちらの方がよく似合う。
「あら、せっかくの顔が台無し」
笑みを含んだ声で言う西山。
「重傷なのは腕なんですけど」
お釈迦になったコートの代わりに着てきたミリタリージャケットを脱ぐと、包帯の巻いてある左腕をちょっと上げてみせる常磐。
「でも、報告書はちゃんとまとめなさいね。あんた右も使えるでしょ?」
「冷たい……」
がっかりする常磐に、追い打ちを掛けるように東田が言った。
「ああ、ちゃんと書けよ。私、常磐 要は予知夢を見て犯人逮捕に至りましたってな」
「何よそれ」
西山が怪訝な顔をする。
「こいつが昨日そう言ってたんだ」
「いいですよ、もう……偶然犯人に出くわしたので、現行犯逮捕したってことで」
「お前、やっぱ一度あの先生に診てもらったら? 名刺もらったんだろ」
「ああ、そういえば」
昨日病院で会った精神科医。常磐が財布の中から取り出した名刺を、西山が後ろから覗き込む。
「霧……?」
「きりふじしゅうせい。精神科医だそうです」
その名前を聞いて、西山は首をかしげた。
「ん? きりふじしゅうせい? ……どこかで聞いたわね」
「有名な医者なんですか? 」
「うーん。どこで聞いたんだったっけな」
思い出せない様子の西山だったが、
「有名な人なら診てもらおうかな……」
つぶやいた常磐に、東田が顔をしかめる。
「おいおい本気か」
「だって今朝みた夢も最悪だったんですよ」
「夢くらいで医者なんか大げさだろ」
東田はあの夢を見ていないから、他人事だと思ってそんなことが言えるのだ。と常磐は思ったが、いや……東田なら、別に気にならないのかもしれない。
「俺は東田さんと違って見た目より繊細なんです」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでも」
東田と常磐のやり取りを聞いていた西山がふと、思いついたように雑誌を手にする。
「じゃあ、夢占でもやってもらったら?」
「夢占? なんですかそれ」
「最近流行ってるんですって。夢占い」
女性雑誌のある1ページを常磐に開いて見せた。そこには占いの特集が組まれていて、昔からある占いの館から、最近できた若者向けの占いショップの情報が店の写真と共に掲載されている。
「西山さんも占いとか興味あったんですね」
「常磐……」
「すいません」
時々、言わなくてもいい事をポロッと口にしてしまうのが、常磐の悪い癖だ。
「ほら、雑誌にも載ってるじゃない。その人の見た夢から、その人が潜在的に抱えてる悩みとか将来を占ってくれるんだって」
「夢でそんなことが分かるんですか」
「この店なんてここから近いし、ためしに行ってみたらいいじゃない」
西山が指差したのは、いくつか掲載されている店の中でも、どこか古ぼけた感じの店で、常磐の顔が少し渋る。まあ、かといって女子高生がたくさんいるようなファンシーな店などには入れるわけがないのだが。
「はあ。蜃気楼……怪しそうな店ですね」
「行ったら、どうだったか教えてねー」
完全に面白がっている……。
「まあいいんじゃね。その腕じゃ、しばらく使いもんにならねえし。占いでもまじないでもしてもらってくれば」
東田もからかうように言った。
みんな人ごとだと思って。
常磐は今朝の夢を思い出してみた。昨日見たのと同じく、それは嫌な夢だった。
今までは夢なんて、目が覚めると忘れてしまうような物だったのに。昨日の夢も、今朝見た夢も、はっきりと覚えていた。まるで感覚すらもあったかのように。