第十章・4
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カラララン
蜃気楼のドアを開けると、いつもの古めかしいドアベルの音が響いて大酉が笑顔を向けた。
「いらっしゃい。こんにちは常磐君」
「どうも」
「鈴さんは起きてるよ」
座敷部屋の方を見た常磐に大酉は言った。
「あれ、でも札は起床中じゃ」
「今日は夢占って気分じゃないだろうから」
「そう……ですよね」
閉められた座敷部屋の、戸の前に立った常磐。
「常磐です!」
返事はない。
「失礼しますっ」
言ってから、それでもやはり少しためらって、常磐はそっと戸を開いた。
返事はなかったので、また眠ってしまっているかと思ったが、確かに鈴は起きていた。
「警察ってよっぽど暇なんですね」
開口一番、鈴は常磐の方を見もせず、占いの札を机に並べながら言った。
これから言おうとしていたことが言いづらくなって、常磐はちょっと言葉に詰まる。
「俺は今、戦力外通告を受けてまして……」
と、以前より厳重に包帯が巻かれた左腕を上げて見せる。
「名誉の負傷を、更に仕事中に悪化させたんだから堂々と休めますね」
相変わらずの可愛くない口調で、皮肉混じりに鈴は言う。
「その節は、有り難うございました」
「別に」
「その……俺、朝日奈さんのこと、まったく知らなくて」
札を並べる鈴の手が止まる。
「知って欲しいなんて、思っていませんが」
「犯人、まだ捕まっていないんですね」
「……」
ようやく鈴が常磐のことを見る。
「俺、調べてみます。あきらめないでください。きっと、犯人は捕まえてみせます」
一方的にそう言うと深く一礼して、常磐は蜃気楼を出て行った。
「何? あいつ、また来てたの?」
着替えをしていた灯が店に戻ってきて、ちょうどドアを出て行く常磐の姿を見て言った。
「変な奴」
もう常磐の姿がないのに、ドアを睨むようにしていう灯の言葉に、
「確かに」
鈴は同意して占いの札をめくる。
『犯人は捕まえてみせます』
鈴は常磐の言葉を思い返し顔を曇らせた。
「俺は、別にそんなこと望んでいない」
机の上に腕を組み、その上に頭を乗せる。
「俺の望みは…………」
小さく呟くと鈴は目を閉じた。
【夢わたり・完】
お読みいただき、ありがとうございました。
【夢わたり】はここで終わりです。
お話は【夢わたり・其の弐】に続きます。