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夢わたり  作者: 猫乃 鈴
33/34

第十章・3

―3―


 霧藤は話を続けた。


「今まで、勝手に……いえ、外に出たがること自体なかったので、気にかけていなかったのですが」

「俺のせいですね」

「いえ。別に常磐さんを責めるつもりはありません。僕はあなたのことも心配しているんですよ」

「夢ワタリのことですか」

「ええ」

「でも俺はただ夢を……」


 言いかけて常磐はやめた。


「ほら、また」


 霧藤は少し笑った。


「すみません」

「僕もね、初めは夢ワタリなんて信じていなかったし、夢なんて、たかが夢と思っていたんです」


 残りのコーヒーを飲み干し、カップを置く霧藤。


「肉体は脳に支配される。肉体が実際に感じないことであっても、脳が感じさえすれば、それは肉体にとっても現実となる」

「確かに、俺は夢の出来事で、動悸や息切れをしましたけど……」

「ちょっと失礼」


 常磐の言葉をさえぎって、霧藤は白衣の胸ポケットに手を入れ、煙草を取り出した。


「吸ってもいいですか?」

「あ、どうぞ」


 霧藤は煙草をくわえると火を点けて、一度軽く吹かすようにして煙を吐く。


「人間の脳はありとあらゆることを可能にするんです。……常磐さん、すみませんが、そこの灰皿を取っていただけますか」


 常磐の後ろの棚にある灰皿を指差す霧藤。


「はい」


 常磐は棚まで行くと、灰皿を持ってきて霧藤に渡した。


「一つ実験をしましょう」

「はあ」


 すると霧藤は突然、常磐の手を掴んで、その手の甲に煙草を押し付けた。


「あちっ!!」


 叫ぶと、慌てて常磐は手を引いた。


「何するんですか!」


 しかし霧藤は落ち着いたもので、


「熱い?」


 と、首をかしげる。

 その手にある煙草には火が点いていなかった。


「え? あ……熱く……ない」


 常磐は自分の手を見た。

 霧藤は机の下から、コーヒーのカップを出した。火のついた煙草はその中にあった。常磐が後ろを向いている隙に入れて、新しい煙草を取り出したのだろう。


「今、常磐さんは火のついていない煙草を熱いと感じた。一瞬でも。そうですね?」

「……そうですね」

「常磐さんは僕が煙草に火を点けたのを見て、立ち上る煙を見て、臭いをかいで、僕が持っているのは火の点いた煙草だと認識した」

「それで?」


 常磐は手の甲を擦る。なんだか、ヒリヒリするような気がして、気持ちが悪い。 


「常磐さんは、僕が火の点いた煙草を机の下に隠すなんて、考えてもみなかった。だから、火のついた煙草を押し付けられたと思い込んだ脳が、手が熱いと勘違いをしたんです」

「分かりやすい説明、有り難うござます」


 霧藤は常磐の手を見た。


「手は平気?」

「平気ですよ。実際には火は点いてなかったんですから」


 煙草を押し付けられた手を、プラプラと目の前で振ってみせる。


「それは良かった。この実験はね、実際に火傷をする人もいるので」

「え」

「鈴は熱湯と勘違いしたヤカンの冷水で、手の皮膚が腫れるほどの火傷をした」

「水で?!」

「鈴は過去に実際、ヤカンのお湯で軽い火傷をした経験があるそうです。それがなければ、もしかしたら火傷を負うまではならなかったかもしれない」


 カップから火のついている煙草を取り出し、灰皿に押し付け火を消す霧藤。

 

「痛みの記憶は大切なことなんです。痛みを経験し、苦痛を記憶、学習することで、それを回避しようという能力が備わる。しかし、その経験から鈴の体は熱湯をかけられたと勘違いした脳によって、過去に火傷をしたときと同じような反応を表した」


 霧藤は立ち上がると、窓を開けた。冷たく冷えた空気が流れ込み、煙草の匂いを薄めていく。 


「鈴は特に特別なケースですが。脳の経験を現実のものとする鈴にとって、夢がどれほど危険か……例えば、夢の中で死んだらどうなるか」


 常磐は爆弾魔の夢を思い出した。


「常磐さんは手が吹き飛んだとき、激しい動悸を感じた。動悸だけ。しかし、動悸だけで十分でしょう?心臓マヒでも人は死ぬ」


 霧藤の言葉に、常磐はゴクリと唾を飲む。


「僕は常磐さんを心配しているんですよ」


 霧藤は繰り返した。


「鈴と違って、夢と現実の見分けがつかなくなってしまうような常磐さんは、非常に危険だ」


 そして、少し考えるように顎に手をやる。


「どうやって、どうして、常磐さんが他人の夢に同調してしまうのか……」

「そんなの、俺だって教えてほしいですよ」


 憮然として言った常盤に、霧藤は苦笑いのような表情をする。


「まさか、警察の常磐さんが、こんな風に鈴と関わることになるなんてね」


 十五年前に起こった、一家惨殺事件。 


「朝日奈さんの事件は……」

「そう、十五年経った今も、犯人は捕まっていない」



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