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夢わたり  作者: 猫乃 鈴
30/34

第九章・5

―5―


「いったい、どうなってんだよ」


 東田は呆れたように言って、煙草に火を点けた。

 ショッピングモールのオープニングセレモニーを、警戒態勢で見回っているところに、爆弾魔確保の一報が入ってきて、東田と西山も急遽、確認のため海浜公園へと急行するはめとなった。


 海浜公園には警察と爆弾処理班が呼ばれ、先ほどまでとは、また少し違う意味でにぎわっている。すでにマスコミも、どこから情報を嗅ぎつけたのか集まって来ていた。


「犯人はまだ十五のガキだってよ」


 大きくため息まじりに煙を吐く。


「どっちにしろ、また常磐のお手柄ってわけね」


 西山が言う。

 少年は『霞野署トイレ爆破事件』の犯行も自供を始めていた。犯人しか知らないであろう爆弾のこと、マスコミにも情報が流れていない、カセットテープの予告内容のことも話していて、まず犯人で間違いないとされた。

 少年は署内で行われている柔道教室にも参加したことがあり、署内にも何回も入ったことがあったという。


「俺は今回は何も……」


 常磐は救急隊に怪我をしていた左腕を見てもらいながら、痛みに顔をしかめた。傷口が開いたのだ。


「そうご謙遜なさらず。常磐さんのおかげで犯人の行動が掴めたんですから」


 常磐の傍らで、手当ての様子を見物するように見ながら鈴が言った。


「誰、あの子」


 西山が鈴を見て、東田に訊く。


「常磐の夢の先生だと」


 東田の顔は苦々しい。


「そういえば、朝日奈さん、よくあいつが見つけられましたね」


 腕の包帯が巻かれ終わり、常磐は言った。


「俺が見つけたのはベンチです」

「ベンチ?」

「夢の中、あのベンチの印象がとても鮮明だったので。園内にあの形のベンチは、あの辺りにしかなかった。しかもこんな日に一つ、ペンキ塗り立てのベンチがあるのは変だ。実際、ベンチは乾いていましたし」

「なるほど」


 常磐は納得したが、その後少し恐い顔で鈴を睨んだ。


「それよりも朝日奈さん。あんな無茶して、何かあったらどうするんですか」


 珍しく厳しい口調の常磐。


「別に。どうも」

「どうもって。もし、あそこで犯人がスイッチを押してしまったらどうするんです!」

「自爆によるジハードを目的とする以外の爆弾魔は、計画的で用意周到。几帳面で神経質。でも、だからこそ自分の計画や想像を、はるかに超える自体が起きてしまうと対処しきれない。そして大胆な割に臆病だから、自分が繋がれた状態で、爆弾を爆発させる可能性は低い。……ついでに、まだ子供のようでしたから」


 落ち着いた鈴の様子に常磐はぐっと詰まる。


「それでもですね」

「個人的な見解での勝手な行動は謹んでもらいたい」


 常磐の声を遮るように言ったのは


「霧藤さん」

「おそらくここだろうとは思ってたけど。こんなに広いとはね。おかげで探すのに一苦労だったよ。まったく驚いた。たいした行動力だ」


 いつもにこやかな霧藤の珍しく不機嫌な声。


「初めに常磐さんに協力するように言ったのは愁成だ」


 言い返す鈴の言葉に、申し訳なくなる常磐。

 しかし、そんな鈴を霧藤は冷ややかに見る。


「そうだよ。“夢は”君の専門だからね」

「……」


 鈴が黙る。

 気まずい空気だ。


「すいません。俺が悪いんです。朝日奈さんにすぐに帰るように言うべきでした」


 常磐は謝ったが、霧藤は意地悪く笑うと言った。


「いいえ。常磐さんのせいではないですよ。それぐらいわかるはずです。子供じゃあないんだから」


 “子供”という言葉はわざと使ったのだろう。霧藤は鈴がそれを嫌がっていることを知っている。


「でも……」

「鈴」

 

 常磐にではなく、霧藤は飽くまで鈴に向かって言う。


「君に何かあったり、君で何かあったりしたら、困るんだよ。僕は」


 僕は、という所を強調する霧藤。


「大人しく寝ていろと?」


 鈴が声を荒げて、霧藤を睨んだ。霧藤は冷めた目でそれに返す。


「そうは言っていない」


 静かに霧藤は言った。


「お前は」


 霧藤に一歩近づき、言いかけた鈴がふらついた。


「朝日奈さん? どうしました?」

「う……」


 両手で顔を覆う鈴。そのまま二、三歩よろけたかと思うと、ガクンと膝を折って前のめりに倒れた。


「朝日奈さん!」


 常磐は鈴の体が地面に落ちる前に慌てて支えた。


「朝日奈さん、どうしたんですか!? しっかりしてください!」


 声をかけても反応がない。


「大丈夫。眠っているだけですから」


 霧藤が言って時計を見る。


「眠って?」


 霧藤は訳が分からない様子の常磐の手から、鈴を受け取ると慣れたように抱き上げた。


「鈴はナルコレプシーなんです」

「ナルコ?」


 聞いたことのない言葉に、いぶかしげな顔をした常磐に、霧藤は言葉を付け加える。


「ナルコレプシー。つまり過眠症。簡単に言うと『眠り病』です。鈴は場所や状況、時間を選ばずに突然眠りに落ちてしまう」

「眠り病……」

「すみませんが、失礼します。鈴をちゃんとした場所に寝かせないといけないので」


 そう言うと霧藤は、鈴を抱えたまま軽く頭を下げると行ってしまった。



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