第九章・5
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「いったい、どうなってんだよ」
東田は呆れたように言って、煙草に火を点けた。
ショッピングモールのオープニングセレモニーを、警戒態勢で見回っているところに、爆弾魔確保の一報が入ってきて、東田と西山も急遽、確認のため海浜公園へと急行するはめとなった。
海浜公園には警察と爆弾処理班が呼ばれ、先ほどまでとは、また少し違う意味でにぎわっている。すでにマスコミも、どこから情報を嗅ぎつけたのか集まって来ていた。
「犯人はまだ十五のガキだってよ」
大きくため息まじりに煙を吐く。
「どっちにしろ、また常磐のお手柄ってわけね」
西山が言う。
少年は『霞野署トイレ爆破事件』の犯行も自供を始めていた。犯人しか知らないであろう爆弾のこと、マスコミにも情報が流れていない、カセットテープの予告内容のことも話していて、まず犯人で間違いないとされた。
少年は署内で行われている柔道教室にも参加したことがあり、署内にも何回も入ったことがあったという。
「俺は今回は何も……」
常磐は救急隊に怪我をしていた左腕を見てもらいながら、痛みに顔をしかめた。傷口が開いたのだ。
「そうご謙遜なさらず。常磐さんのおかげで犯人の行動が掴めたんですから」
常磐の傍らで、手当ての様子を見物するように見ながら鈴が言った。
「誰、あの子」
西山が鈴を見て、東田に訊く。
「常磐の夢の先生だと」
東田の顔は苦々しい。
「そういえば、朝日奈さん、よくあいつが見つけられましたね」
腕の包帯が巻かれ終わり、常磐は言った。
「俺が見つけたのはベンチです」
「ベンチ?」
「夢の中、あのベンチの印象がとても鮮明だったので。園内にあの形のベンチは、あの辺りにしかなかった。しかもこんな日に一つ、ペンキ塗り立てのベンチがあるのは変だ。実際、ベンチは乾いていましたし」
「なるほど」
常磐は納得したが、その後少し恐い顔で鈴を睨んだ。
「それよりも朝日奈さん。あんな無茶して、何かあったらどうするんですか」
珍しく厳しい口調の常磐。
「別に。どうも」
「どうもって。もし、あそこで犯人がスイッチを押してしまったらどうするんです!」
「自爆によるジハードを目的とする以外の爆弾魔は、計画的で用意周到。几帳面で神経質。でも、だからこそ自分の計画や想像を、はるかに超える自体が起きてしまうと対処しきれない。そして大胆な割に臆病だから、自分が繋がれた状態で、爆弾を爆発させる可能性は低い。……ついでに、まだ子供のようでしたから」
落ち着いた鈴の様子に常磐はぐっと詰まる。
「それでもですね」
「個人的な見解での勝手な行動は謹んでもらいたい」
常磐の声を遮るように言ったのは
「霧藤さん」
「おそらくここだろうとは思ってたけど。こんなに広いとはね。おかげで探すのに一苦労だったよ。まったく驚いた。たいした行動力だ」
いつもにこやかな霧藤の珍しく不機嫌な声。
「初めに常磐さんに協力するように言ったのは愁成だ」
言い返す鈴の言葉に、申し訳なくなる常磐。
しかし、そんな鈴を霧藤は冷ややかに見る。
「そうだよ。“夢は”君の専門だからね」
「……」
鈴が黙る。
気まずい空気だ。
「すいません。俺が悪いんです。朝日奈さんにすぐに帰るように言うべきでした」
常磐は謝ったが、霧藤は意地悪く笑うと言った。
「いいえ。常磐さんのせいではないですよ。それぐらいわかるはずです。子供じゃあないんだから」
“子供”という言葉はわざと使ったのだろう。霧藤は鈴がそれを嫌がっていることを知っている。
「でも……」
「鈴」
常磐にではなく、霧藤は飽くまで鈴に向かって言う。
「君に何かあったり、君で何かあったりしたら、困るんだよ。僕は」
僕は、という所を強調する霧藤。
「大人しく寝ていろと?」
鈴が声を荒げて、霧藤を睨んだ。霧藤は冷めた目でそれに返す。
「そうは言っていない」
静かに霧藤は言った。
「お前は」
霧藤に一歩近づき、言いかけた鈴がふらついた。
「朝日奈さん? どうしました?」
「う……」
両手で顔を覆う鈴。そのまま二、三歩よろけたかと思うと、ガクンと膝を折って前のめりに倒れた。
「朝日奈さん!」
常磐は鈴の体が地面に落ちる前に慌てて支えた。
「朝日奈さん、どうしたんですか!? しっかりしてください!」
声をかけても反応がない。
「大丈夫。眠っているだけですから」
霧藤が言って時計を見る。
「眠って?」
霧藤は訳が分からない様子の常磐の手から、鈴を受け取ると慣れたように抱き上げた。
「鈴はナルコレプシーなんです」
「ナルコ?」
聞いたことのない言葉に、いぶかしげな顔をした常磐に、霧藤は言葉を付け加える。
「ナルコレプシー。つまり過眠症。簡単に言うと『眠り病』です。鈴は場所や状況、時間を選ばずに突然眠りに落ちてしまう」
「眠り病……」
「すみませんが、失礼します。鈴をちゃんとした場所に寝かせないといけないので」
そう言うと霧藤は、鈴を抱えたまま軽く頭を下げると行ってしまった。