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夢わたり  作者: 猫乃 鈴
29/34

第九章・4

―4―


 バンバン!


 男は花火の音がして空を見上げた。

 

 寒いがとてもいい天気だ。帽子とマフラー、手袋という恰好は、冬場には不自然さを感じさせることなく、人物の特徴を隠してくれる。

 着ぐるみのパンダが愛想を振り撒きながら、園内の地図を配っている。男がパンダの傍を通ると、パンダは男にも地図をくれた。


 それにしても人が多い。予想以上だ。

 それは男にとって別に悪いことではなかった。ただ、右手に持ったバッグが人に当たるのが、少し気がかりだった。

 男はあるベンチへと向かった。そこは公園のほぼ中心で人も多い。しかし、そのベンチだけは空いていた。ペンキ塗り立ての張り紙が目立つように貼ってあるせいである。

 周囲の人は近づいてくるパレードの方を見ている。

 男は張り紙をはがしてベンチに座った。張り紙は前もって男が貼ったものだったからだ。他の誰かに、座られてしまっては困る。この場所が最高なのだ。

 遠くから近づいて来るパレードの音楽に、男の顔がにやける。

 目の前には子供を中心に大勢の人の群れ。

 盛り上がりは最高潮。


 さてと……。


 男はバッグをベンチに置いたまま立ち上がった。


「ねえ」


 呼び止める声に、男は振り向いた。


「鞄忘れてるよ」


 中学生くらいだろうか。いつの間にか小柄な少年がバッグを置いたベンチに座っていた。


「鞄、忘れてるよ」


 繰り返して、少年は男を見てにっこり笑った。


「……いや、それ、俺のじゃないから」


 男は言った。


「そんなはずないよ。俺、見てたし。あんたがこの鞄持ってきたの」


挿絵(By みてみん)


 少年の笑顔が男を小馬鹿にしたようなものに変わる。

 男は少し苛ついた。


「ああ、でも俺のじゃないんだよ」


 男は平静を装ってにこやかに言った。


「実はそこで拾ったから、落とし物として届けようと思ったんだけど、なんだか面倒くさくなっちゃってさ」

「なんだ。ちゃんと届ければいいのに。きっと落とし主も喜ぶよ。ほら、お礼に一割くれるかもしれないし」


 少年の口調はやはり、どこか男を馬鹿にしているような響きがあった。


「……事務所が思ってたより遠くてね。嫌になったんだよ。なんなら君が持って行ってよ」


 男の言葉に苛立ちが表れ始める。


「中身は確認した?」


 少年はバッグに手を置いた。


「いや?」

「なんで?」

「勝手に開けたらまずいだろ」

「普通は中身を確認すると思うんだけど」


 パレードの音がゆっくりと近づいてくる。


「中身が危ない物とかだったらどうするの?」


 少年の言葉に男は少年を見た。


「……危ない物って?」

「そうだな……例えば」


 少年は考えるように首を小さく捻る。


「……死体とか?」


 男は少年の言葉に少し笑ったが、


「爆弾とか」


 続けられた言葉にその笑みが消える。

 少年は男をじっと見ている。少年も、もはや笑ってはいなかった。


「……」

「……」


 パレードの音がどんどん近づいてくる。

 少年は男の目をじっと見たまま訊いた。


「時限式か?」


 男の顔が険しくなる。少年が目を細める。

 男は少年を無視して行こうとした。しかし、少年にぐいと腕を引っ張られ、ベンチに座り込む。

 ガチャリという音がした。

 手首に冷たい感触。


「!」


 見ると男の手は、バッグの取っ手に手錠で繋がれていた。


「何するんだ! はずせっ!」


 男は怒鳴ったが、パレードに注目している客は、ブラスバンドの演奏する曲の音の大きさに、二人の様子には気がつかない。


「残念。鍵持ってないんだ」


 パレードの先頭が二人の前を通過する。男がそれを歯ぎしりするほど、悔しそうな顔で見る。


「時限式じゃないんだろ」


 少年は言った。


「今回は安全な所から、じっくり見物しようって思ってたんだろ」


 見透かすような目で男を見続ける。


「そんなことはさせない」


 男の息が荒くなっていく。目がうろうろと辺りをさまよう。


「どうする」


 少年に追い詰められて、男は上着のポケットに繋がれていない方の手を突っ込んだ。

 そこへ


「朝日奈さん!?」


 声がして少年がそちらに視線をやる。思わず男もそちらを見た。

 そこには場違いなスーツ姿の男が、きょとんとした顔で立っていた。


「常磐さん! こいつが爆弾魔だ!」


 少年が立ち上がり言った。




◆◆◆◆◆◆


 常磐は募金泥棒をフェスティバルの事務所に連れて行き、はぐれてしまった鈴の姿を探していた。そして、やっとベンチに座っている鈴を見つけたのだが、隣に誰かが一緒に座っている。

 誰だろうか? 知り合いにでも偶然会ったのか。


「朝日奈さん!?」


 近づいて行きながら名前を呼ぶと、鈴は常磐を見た。そして立ち上がり言った。


「常磐さん! こいつが爆弾魔だ!」


 常磐は一瞬ポカンとしたが、ベンチに置かれたバッグと男を見て、すぐに理解した。

 男がポケットから何かを取り出す。


「朝日奈さん! 離れて!!」


 常磐は男に向かって走った。男は手錠の掛けられていない方の腕を、鈴の首に回すようにして捕まえた。人質にでもするつもりだったのだろうが、鈴の強烈な肘打ちが男の腹に入る。男が手にしていた物を落として腹を押さえ、前屈みになる。


「こいつ!」


 常磐が男の首と腕を掴んで、取り押さえた。


「気をつけてください、常磐さん」


 鈴の落ち着いた声がした。


「犯人の手、鞄と繋がってますから」

「え? って、これ俺の手錠じゃないですか!」

「ちょっとお借りしました」

「ちょっとって……」


 いつの間に。


「これが起爆装置みたいですね」


 鈴は男が落とした物を拾い上げた。常磐はバッグから手錠を外すと、改めて男の両手に手錠をかけた。そうして初めて、帽子とマフラーを外した男の顔を常磐は見た。


 その顔は、まだあどけなさの残る少年だった。



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