第九章・2
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にぎやかな音楽が近づいてくるに連れ、人の姿が多くなってきた。
そのとき、フェスティバルの開催を告げる花火の音が立て続けに鳴って、常磐は驚いた。
心臓に悪い。
結局、常磐は一人で海浜公園へと向かっていた。
まさか、署に予告電話が入るとは思っていなかった。もし、それがなかったなら、少しは警備の人間を回してもらえたかもしれない。
常磐は考えた。もしかしたら、フェイクの電話をしようと、犯人が考えたのは、夢の中で自分が邪魔をしたせいかもしれない。無意識に犯人が警戒心を強めたとしたら……それは自分のせいだ。
それとも。自分はフェイクだと言ったが、もしかしたら、犯人は本当にショッピングモールを狙っているかもしれない。
夢の中、邪魔をするかもしれない人間の登場に、狙いを変えたのかも。
そもそも犯人が電話をしてきたとは限らない。誰かがいたずらに捜査を混乱させようとしただけの可能性もある。
どちらにしても、夢の中で見たあのような光景は、夢の中でも、もう見たくはない。
そして、海浜公園に到着した常磐は唖然とした。
まさか、こんなに大規模だとは!
広々とした敷地内に様々なブースが立ち並び、開催して間もないのに、すでに人でごった返していた。
ブラスバンドの生演奏。豊富なメニューのフードスタンド。公園を一周する機関車には、子供が順番を待って列を作っている。
なんて賑やかなんだ。この中から自分一人で爆弾魔を見つけられるのだろうか……。
常磐が肩を落としていると、
「すみません、何か身分の分かるものを」
後ろから声をかけられた。
「お、俺はっ」
慌てて振り向いた常磐は、目の前に立っていた人物に言葉をなくした。
「俺が見ていた限り、今の所あなたが一番怪しいです。常磐さん」
「朝日奈さん!」
鈴は初めて病院で会ったときと同じ、少し大きすぎるグレーのパーカーに、黒くダボダボのズボンを穿いていた。今日はフードではなく白いニットの帽子を被っている。しかもボンボン付きだ……。
どう見ても可愛い中学生。
「いい歳こいた男性が、スーツ姿で一人来る所ではないと思いますが」
話す言葉は可愛げがない。が、言われていることはもっともだ。
「それより、なんで朝日奈さんがここに?」
「別に。俺がフェスティバルを見に来たらおかしいですか」
「いえ……でも」
「ああ、楽しそうですね。ほら、あそこでは景品がもらえる的当てゲームがやってますよ」
少しも楽しそうではない口調で鈴が言う。
「朝日奈さん。ふざけないでください」
常磐は鈴の両肩を掴む。鈴は冷めた目で常磐を見ると言った。
「見てみたかったから。実際の犯罪者という奴の顔がどんなものか」
「え?」
鈴の言った言葉に、訊き返す常磐。
「すいません、ちょっと」
また声をかけられて振り返ると、今度はイベントのスタッフジャンパーを着た男が、怪訝な顔で常磐と鈴を見比べていた。
「君、大丈夫?」
男は鈴の方へ言った。どうやら本格的に不審者と思われたようだ。
「あ、こ、これはですね」
慌てる常磐を、男は更に不信な目で見る。
すると、
「兄ちゃん、もう千円ちょうだいよ」
鈴が甘ったれた声で言って、常磐の腕を引っ張った。
「……は?」
「今どき小遣い二千円じゃ、遊べないよ」
「え?」
戸惑う常磐。鈴はイベントのスタッフらしい男の方を向くと
「俺の兄ちゃん、ケチなんだ」
照れたような笑顔を見せた。
……何、その笑顔。
「ねえ、兄ちゃん」
ぐいぐいと腕を引っ張る鈴。
「あ、ああ」
常磐は財布から千円札をだして鈴に渡した。鈴はそれを受け取りポケットに入れると、
「ありがと兄ちゃん、じゃ、俺先に行ってるね!」
輝くような笑顔で大きく手を振りながら、鈴は園内に入って行った。
「困った弟さんですね」
男もいつの間にか笑顔になっていて、
「いや、でも可愛いもんですね。年の離れた弟って。うちも男二人兄弟で、弟がいるんですが。歳が近いもんで」
「ええ。まあ。そうですね。ははは……」
あっちの方が年上らしいですけど。
男から解放された常磐が園内に入ると、鈴が何食わぬ顔で入り口脇の花壇の縁に腰掛けていた。
「うまく切り抜けられたでしょう?」
さっきの輝くような笑顔はどこへいったのだろう……。
「はい。ありがとうございました」
「もう少し考えて行動した方がいいですよ」
「はい……」
「そもそも常磐さん一人で何ができるんですか」
「ごもっともです……」
どうやら千円は返ってきそうになかった。
「今日は拳銃はもってるんですか?」
「いいえ。今日は個人的に出てきたものですから。手錠なら持ってますけど」
上着の胸ポケットを叩く。
「頼もしい限りですね」
皮肉。
「すいません」
「どうやって犯人を見つける気ですか」
「それは……」
「刑事の勘ですか」
「……」
「先ほども言いましたが、俺が見た中で今の所、常磐さんが一番怪しい人物です」
「ひどい……」
この人はただ自分を苛めに来たんじゃないだろうか。常磐は本気でそんなことを思い始めた。