第八章・3
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「東田さん、大変です!」
署に戻ってきた常磐は、東田の姿を見つけて駆け寄る。
「うるせえな。今、お前にかまってやってる暇はねぇんだよ」
東田は常磐の話など、聞いていられないというように、なにやら慌ただしく準備していた。
そういえば深夜だというのに、他の刑事もバタバタと署内を移動していて騒がしい。
「爆弾魔のことで重要な話が」
「俺もこれから、その爆弾魔のことで、出かけるんだよ」
「え、どこにですか?」
しつこい常磐に東田は声を低くして言った。
「ついさっき、今日の正午、市長が出席する新しくできたショッピングモールのオープニングセレモニーに、爆弾魔が現れるって匿名の電話があったんだよ」
「なんですって?!」
大きな声をだした常磐を、周りの刑事たちが見る。
「でかい声だすな。馬鹿」
「で、でも」
「警備の人数を増やしたり、検問を設置しなきゃならないんで大騒ぎだよ。お前もその腕じゃなきゃ、連れて行くとこだけどな」
「待ってください! それはフェイクなんです!」
思わず、またも大きな声を出した常磐に、周りの刑事がまた常磐を見る。
「常磐、お前ちょっと来い」
東田が恐い顔をして、常磐を廊下の端へと引きずって行った。
「お前、今俺たちがどれだけピリピリしてるか、いくら鈍いお前でもわかるだろ!」
「でも!」
「たとえ、匿名の電話が嘘でもな、万が一のことを考えてやれる事をやらなきゃなんないんだよ」
「そ、それは分かってます」
東田は大きくため息をついた。
「だいたい、お前今までどこに行ってたんだ。それがいきなり帰って来て、匿名電話がフェイクだと?」
そこで、東田がちょっと考えた。
「フェイク? ……お前フェイクって意味が分かってるか?」
「はい」
「偽物って意味だぞ? つまり本物があるってことだ」
「はい。爆弾魔が狙ってるのは、霞野海浜公園の20周年記念フェスティバルの方です」
「海浜公園? 何の根拠があって言ってる」
「そ、それは」
「まさか、また夢に見たとか言うんじゃねえだろうな」
苦笑いを浮かべながら言った東田だったが、常磐が黙ってうつむいているのを見て、笑みが消えた。
「勘弁しろ!」
そう言うと常磐を置いて行ってしまう。
「待ってください、東田さん!」
慌てて追いかける常磐。
「海浜公園にも警備と検問を!」
「手の空いてる奴は、みんなショッピングモールの方に回されたんだ。お前の夢の話なんかに貸す人間は余ってねぇ」
「そんな」
「こっちは市長もからんでるんだぞ」
「こっちだって、子供や家族連れがたくさん来るんです!」
東田は足を止めた。そして突然振り返ると、後ろをついて来ていた常磐のネクタイを掴んで引き寄せた。怒りでこめかみに青筋の立っている東田の顔を目の前に、ひるむ常磐。
「常磐……俺はな、一応被害者で犯人の野郎のことは、かなりムカついてんだ。ついでに、警察をなめたマネしやがった奴のことは、何があっても捕まえてやるって、署の人間はみんな躍起になってる。夢だかなんだか知らねえが、捜査をかき回すのはやめろ。いいな!」
厳しい口調で言った東田は、常磐の胸倉を掴んだ手で、常磐を突き飛ばすようにして放すと、荒い足取りで行ってしまった。