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夢わたり  作者: 猫乃 鈴
18/34

第六章・2

―2―


「おはよう、鈴」


 霧藤は座敷部屋の入り口に座っている鈴の足元にしゃがみ、鈴を覗き込む。


「気分は? 吐きそう?」


 鈴はぷいとそっぽを向く。どうもこの二人は仲が良くないようだ。


「鈴さん。お茶が冷めました」


 大酉がそんな事をいいながら、鈴にお茶を渡す。鈴がそれに一度確かめるように口を付けてから、のどに流し込む。熱いのが苦手らしい。


「今日は何をしに?」


 鈴のその言葉は常磐に向けられたもの。


「あ……その」

「昨日の爆破事件と夢について相談に来たんだよ」


 口ごもる常磐に代わって、霧藤が説明する。


「警察というのは、思っていたより暇なんですね」


 鈴に皮肉を言われる。


「常磐さんはもしかしたら、自分も夢ワタリなんじゃないかと」


 霧藤がそう言うと、鈴が呆れたような顔をする。


「それはちがう」

「確かに。彼のはワタリとは違う」


 否定した鈴に霧藤もすぐに返す。


「でも自分の見ている夢で、もしかしたら次の犯行を止める手がかりが掴めるかもしれない。常磐さんはそう思ったわけだ」

「次の犯行?」

「犯人は次の犯行を予告しているらしい」

「やめたほうがいい」


 鈴は素っ気なく言った。


「常磐さんはたまたま、犯人の意識に同調してしまっただけ。それによって、犯人の見ているのと同じ夢を見ただけ。ただ、それだけのこと。現実の事件の捜査に繋げようなんて馬鹿げてる」


 鈴のその言葉に、常磐が少しムッとする。


「それでも俺は見たんだ。見なかったということにはできない。昨日のあの爆破だって。俺は犯人が署にダンボールの箱を持ち込もうとしているのを知ってたんだ。もし、あの夢であれが爆弾だってことまで見えていたら、もっと何かできたかもしれない。」


 ついつい、口調が荒くなる。


「でも、あなたはただの同調者。犯人が見ている以上の物は見えない。犯人が箱を開けなければ、箱の中身が何なのか知る術はない」


 霧藤が常磐とは逆に静かに言った。


「もしかしたら、常磐さんが同調したのは清掃員の人の夢で、箱の中身は掃除用具かもしれない」


 霧藤の言葉に悔しそうな顔をする常磐。


「俺が見たのは所詮、夢だって言いたいんですか」


 常磐がそう言うと、鈴がゆっくりと立ち上がった。


「そうじゃない」


 座敷部屋から下りる鈴。


「むしろ、その考えは危ない」


 鈴は空になった湯呑みを大酉に返した。


「あなたが見たのはただの夢ではない。それは事実。そして、あなたは夢と現実を混ぜ合わせて考えている。これ以上、夢に関わるのはやめたほうがいい。」

「関わる?」

「夢の中で何かをしようという考えです。やめたほうがいい」

「それこそ、おかしいじゃないですか。夢の中で何をしようと問題ないでしょう? どうせ、たかが夢の中でのことなんだから」

「だから、その考えは危ないと言っている。所詮夢。たかが夢。あなたは夢の怖さを知らない」


 常磐の前まで歩いてくると、小柄な鈴は背の高い常磐を見上げるようにして言う。


「たかが夢の中の出来事なのに、どうして実際に心臓の鼓動は早くなるのか。どうして冷や汗が流れるのか。……たかが夢の中のことなのに」

「それは」


 分からない。


「肉体は脳に支配される。そういう話を知ってますか?」


 鈴は近くにある椅子に疲れたように座る。


「肉体は脳に?」

「脳がそうだと感じれば、肉体は反応する。動悸、発汗それ以上のことさえ、脳が感じればそれが肉体に現れるという話です」

「……よく分からないです」

「よく事故で手を切断した人が、あるはずのない手の痛みを訴えることがあるんですが。それは聞いた事はありますか?」

「ああ。はい」

「あれは脳がまだ、手がなくなったという肉体の現実に反応できず、手が痛いという指令を送ることで、人は無いはずの手すら痛いと感じてしまうんです」

「それが夢とどういう関係が」


 我ながら、頭が悪い。


「脳が認識すれば、無いはずの感覚すら肉体が感じる中、脳の活動である夢を見る行為とは、あなたが思っているより危険ということです。特にあなたのように夢と現実を曖昧にしている人はね」

「でも、朝日奈さんは何度かもう、人の夢の中に入ってるんですよね」

「ええ。だから言います。人の夢の中になんて、入るもんじゃない」


 きつい鈴の口調に、さすがに常磐が哀れになったのか、大酉が話に割って入る。 


挿絵(By みてみん)


「まあまあ、鈴さん。常磐君は入りたくて入ってるわけじゃないから、気の毒といえば気の毒ですよ」


 しかし、常磐は鈴に言い返した。


「俺は、ただ夢を見ただけで終わらせるつもりはないです」


 すると、今度は灯が常磐を責める。


「なにそれ。自分は選ばれた人間だとでもいいたいの? 自分は特別だとでも?」

「別にそういうわけじゃ」

「また犯人の夢が見られるとはかぎらないんでしょ」

「そうだけど。でも、また見る気がするんだ」

「バカみたい。漫画のヒーローにでもなったつもり?」


 確かに、漫画っぽい考えだとは思うが。


「鈴さんが犯人の夢に入れるなら、いいんですけどね」


 何気なく言った大酉の言葉に、霧藤が小さく肩をすくめる。


「鈴はその人間に触れなければ渡れない。どこの誰かも分からない、犯人の夢に渡るのは無理だ。……待てよ」


 霧藤が鈴を見る。鈴も霧藤にちらと視線をやったが、やがて霧藤の考えを察したかのように、珍しく驚きに目を見開いた。


「冗談じゃない」

「でも、それなら可能なはずだ」


 常磐には二人が思いついたことが、さっぱり思いつかず訊ねる。


「なんですか?」

「つまり、犯人の夢に同調している“常磐さんの夢”になら、鈴は渡れるはずだ」

「そうか。そうですね!」


 まさかそんな方法があったとは。常磐が犯人の夢に同調している時、その常磐に鈴が触れてワタリをすればいいのだ。


「霧藤、また鈴様にワタリをやらせるつもり?! 鈴様は嫌だって言ってるでしょ!」


 またも鈴より怒りをあらわにするのは灯。


「あんたも何なのよ。鈴様を変な事件に巻き込まないで」


 しかし、今度は常磐も引かない。


「犯人を捕まえられるなら、俺はどんな手段でもとりますよ」

「だから、そんなのはあんた一人でやれって言ってるのよ」

「灯」


 鈴がなだめるように静かに灯の名前を呼ぶ。


「いいでしょう。もし、また常磐さんが犯人の夢に同調したなら、俺は常磐さんに渡ります。ただし何があっても俺は責任を持ちませんから。それでいいですか」

「朝日奈さん。お、お願いします!」


 常磐は深々と鈴に向かって礼をした。



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