第六章・1
第六章
―1-
リリリリリン
電話の音にビクつく常磐。
ここに置かれている電話も、蜃気楼と同じ黒電話だ。大きなベルの音が鳴り響く。
「ちょっと失礼」
霧藤は常磐を席に残し、机の上の電話に出る。
「そう。うん、分かった」
簡単な受け答えをして、霧藤は電話を切る。
「下の大酉さんからです。鈴が起きたそうなので、見てきます。常磐さんも来ます?」
「俺、あの子に嫌われてるみたいなんで」
常磐は言って、
「あ。あの子ってのはまずいんですよ……ね」
「ええ。鈴にそう言うのは良くない」
「年上って言ってましたけど、何歳なんですか?」
その質問に霧藤は少し黙る。訊いてはいけなかっただろうか。
「鈴は今年で三十になるんですよ」
「さ?!」
「ええ。僕よりも更に一つ年上です」
まさか三十歳?
「なので、接し方には気をつけてくださいね」
霧藤はにこやかに言って、ドアを開けた。常磐も慌てて席を立つ。
外はすっかり暗くなっていた。
「霧藤さんは彼とはどういう」
「僕は鈴の主治医です。一応」
主治医。霧藤は精神科医と言っていた。
「夢ワタリのことで?」
「え、ああ。それもありますが」
「やっぱりどこか悪いんですか?」
「患者のプライバシーにも関係することなので。尋問はこの辺で」
苦笑しながらかわされてしまった。
「僕は今は精神科医ということになってますが、以前は外科志望だったんですよ。これでも」
霧藤は代わりに自分の事を話した。
「そうなんですか。じゃあ、なんで今は? なんだか外科医の方が、すごい気がしますけど」
素人の単純な印象を口にすると、
「そんなことはないですよ。国家試験を合格すれば、何科になるかは医師自身が決められるので。実際に患者の体を切り開く手術をする方が、大変と感じるのは当然ですけど。僕は僕のやるべき事を見つけたものですから」
最後に言った霧藤の言葉は、笑みを含んでいた先ほどまでと違って、とても真剣なものだった。
「まあ、少し顔だけでも出して行ってくださいよ」
蜃気楼のドアの前に来ると霧藤はまた、あの愛想のいい笑顔を常磐に向けた。
「いえ、俺は」
「鈴? 常磐さんだよ」
常磐を無視してドアを開ける霧藤。ドアベルが鳴り、入れたばかりのほうじ茶の香りが漂ってくる。
仕方なく、また中へ入る常磐。座敷部屋の開かれた戸にもたれるように座っている鈴と目が合った。ここでは鈴は着物姿。まあ、その方が占い師っぽい雰囲気がでる。
「どーも……あ、朝日奈……さん」
何度見ても三十歳には見えない朝日奈 鈴に、常磐は言った。
「馴れ馴れしい」
その呼び方に文句を言うのは灯。じゃあ、もうどう呼べと言うんだ……。