第五章・3
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『警察ノ皆サン。僕ノプレゼント、気ニ入ッテクレタ? 次ハ誰ニアゲヨウカナ。フフフフフ』
「ムカつく声」
西山はテープの加工された音声に顔をしかめた。霞野署には、霞野署〈トイレ〉爆破事件捜査本部が結成され、警察の威信にかけて犯人を捕まえようと捜査が行われていた。
「テープから何かつかめないのか。いまどきカセットテープって」
署に戻って来た東田が、自分が病院にいた間の捜査資料を見ながら言う。
爆破現場から見つかったカセットテープには、犯人の挑発的な言葉と、次の犯行声明とも取れる内容が入っていた。
「このテープ自体、何年も前に製造を中止したもので、テープからは犯人をつかめそうにないわ」
「音は?」
「犯人の声以外、特になんの音も拾えないみたい」
「爆弾の方からは、何か掴めなかったのかよ」
「今どき、爆弾くらいなら誰でも作れるのよ」
インターネットの普及により、様々な情報が簡単に手に入れられる。
爆弾という凶器が、もはや“爆弾くらい”と言われる程度のものなのだということに、東田が苦い顔をする。
「結構な勢いで飛んで来たぞ、あのドア」
「たしかにあの威力の爆弾作りは神経がいるかもね。単純な仕組みだったけど時限式の爆弾だったし。作ってる最中に爆発させたら、怪我どころじゃ済まないわ」
東田は窓のブラインドの隙間から、外を見た。
「マスコミが大喜びだ」
テレビ局のカメラがずらりと並び、各局のレポーターがマイクを握っている。
「せっかくだから、インタビューでも受けてくれば? 爆発の中から生還した刑事さん」
「冗談じゃねえや。もう二、三日入院させろっての」
バタバタしている署内で、一応被害者の東田は面倒臭そうに言った。
「その程度の火傷じゃあ、入院費は自腹ね」
東田と西山のやり取りも、いつも通りに復活している。
「常磐はどうしたんだよ。またいないじゃねぇか」
「常磐はこの事件で気になる事があるからって、出かけたわ」
「あいつ大丈夫かよ。最近おかしくないか? 昨日も夢がどうとか言ってたし」
病院で目を覚ました東田に、常磐は喜んだり怒ったりしながら、また夢の話をしてきたのだ。
西山も常磐の様子を思い出して、心配そうな顔をする。
「東田。あんたちょっと気をつけてやってよ。刑事の自殺なんて、それこそマスコミの恰好の餌食なんだから」
「あいつに自殺する度胸はねえよ」
「とにかく、あんたが一番常磐といつも一緒にいるんだから。頼んだわよ」
「……はいはい」
念押しするように西山に言われ、東田は肩をすくめると、いつものように適当な返事を返した。
◆◆◆◆◆
「おはようございます。鈴様」
灯はにっこり笑って言った。鈴はいつの間にか、灯の膝を枕にしている状態で横になっていることに、小さく溜息をついた。
「灯……いつ帰って来た」
「三十分程前です」
体を起こす鈴に、残念そうな顔をする灯。
「大酉」
座敷の戸を開け、店にいる大酉を呼ぶ。
「はい」
「どれぐらい」
「二時間くらいお休みでした」
大酉は店の柱にある、黒縁の古めかしい時計を見ると答えた。
「二時間……」
目頭を押さえる鈴。
「鈴様、大丈夫? 」
灯が心配そうに鈴を覗き込む。
「少し気分が悪い」
「霧藤さん呼びますか?」
「いらない」
大酉の言葉に、鈴は嫌そうな顔をする。
大酉は思い出したように言った。
「そうそう、鈴さんがお休みになっている間に、またいらっしゃいましたよ」
「何が」
不機嫌な声で訊いたのは、鈴ではなくて灯。
「何って、この前の刑事さんですよ。今、上で霧藤さんと話してると思いますが」