第五章・2
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自分も夢ワタリなのではないかと言う常磐に、霧藤は少し考え席を立つと、一冊のファイルを手に戻って来た。
「僕もそう思ったんですけどね。予知よりもそちらの方が、僕にとっては現実的だ。それに、あなたが追っている事件の犯人は自分の犯行に執着を持っている」
霧藤は机の上に、ファイルにしてあった新聞のスクラップを並べる。
「調べたんですか」
「僕は精神科医です。犯罪者の心理にも興味はあります」
「それで」
「特定の特徴を持った女性を狙った暴行事件、手製の爆弾を警察署に持ち込む爆弾魔。暴行事件では犯行に及ぶ前に、標的の女性にストーカー行為を行い、犯行前にいつどこで襲うか、しっかり計画をたてていたそうですね」
「はい」
警察の取調べで犯人の田村が話したことで、新聞やテレビのニュースでも取り上げられたことだ。
「霞野署爆破事件では……」
「霞野署トイレ爆破事件です」
細かいことを気にする常磐。
「その爆破事件。爆弾を作るのも神経のいる作業ですが、それを署内に持ち込むとなると、きっと相当神経がいるはずです。事前に場所の下見もしたと思います」
「たぶん……そうでしょうね」
今、署では過去の防犯カメラの映像も照らし合わせ、犯人の特定を進めている。
「事前に計画を立て及ぶ犯行の前は、犯人も相当興奮したでしょうね。いよいよそのときが来ると。そう、夢にまで見るほどに」
「じゃあ、やっぱり!」
気が高ぶる常磐に対して、浮かない表情の霧藤。
「でも少なくとも、鈴と同じではないですね。鈴は渡るべき対象に触れることで、その人物の夢の中へ入ることができる。あなたはどこの誰かもわからない犯罪者の夢を、自分でも気づかないうちに見ている」
「どう違うんですか」
「鈴に言われて気づいたんだけど」
霧藤は少し身を乗り出して常磐を見た。
「あなたは夢をどこから見ていた?」
「?」
質問の意味が分からない。
「あなたは夢の中で何をしていた?」
「何って……」
また理由の分からない不安が常磐を襲う。
「気になっているのは、あなたが“犯人の視点”で夢を見ている事です」
「お、俺が犯罪者だって言いたいんですか?!」
思わず声を荒げる常磐。
「そうは言ってませんよ」
霧藤は飽くまで冷静だ。
「常磐さんが犯人の夢の中に渡ったというのなら、常磐さんという存在がそこになくてはならない」
「俺の存在?」
「あなたの場合は渡っているのではなく“同調”というべきなんですよ」
「同……調」
「犯人の意識に同調し、犯人と意識を共有してしまっている。それによって、犯人の感情や意識、感覚まであなたは感じている」
霧藤に指摘されて息苦しくなる。
あの動悸は……逃げる少女を前にして感じたあの興奮。ナイフの冷たさ。箱を署の中に置いて出て来たときの達成感。知るはずの無い箱の重み。
全て犯人の意識、感覚。
「別に常磐さんに非があるわけじゃないし、そんなに気にすることはないですよ。たまたま、犯罪者と意識を共有してしまったというだけじゃないですか」
霧藤は軽い口調で言ったが、常磐は肩を落として明らかに落ち込んでいる。
「いえ、俺、自分が夢ワタリなら、次の犯行を止めることができるかもしれないと思って」
「次の犯行?」
「爆弾魔が次の犯行を予告して来たんです」