第五章・1
第五章
―1―
カラララン
「いらっしゃいませ」
大酉はドアベルの音にそう言って、
「あれ。また来たの?」
と入って来た常磐を見て笑顔を見せた。
「はい」
「鈴さんなら……」
「あ、『就寝中』なんですよね。分かってます」
ドアの札を指差す常磐。
「今日は霧藤さんと話がしたくて。こちらに来れば会えるかと」
「ああ、霧藤さんなら今日は上にいますよ」
「上?」
「ええ。ここの三階が小さな事務所になってて、今日はそこに」
「はあ」
ここの人たちはやっぱりよく分からない。
「お兄さん、えっと……」
「常磐です」
「そう、常磐君」
「なんでしょう」
「今日のおすすめは栗羊羹」
「……はい?」
「栗羊羹と抹茶のセット。五百円」
にこにこと言う大酉に断れなく、常磐は席についた。
「いただきます……」
「はい。少々お待ちください」
◆◆◆◆◆◆
蜃気楼は小さなビルの一階にある。一度外へ出て、三階までの少し急な階段を上がって行くと、そこには確かに事務所らしいドアがあった。木枠に磨りガラスのドアには、元々は何かの会社名でも書かれていたようで、それを消した後が残っている。大きな建物の間に挟まれて、昼間でも薄暗いであろう廊下は、日が暮れて来た今、灯りが必要な程だった。
ブー。
呼び出しのブザーは、クイズにはずれたときのような妙な音。
「はい。どうぞ」
中から霧藤の声がした。
「失礼します」
そっとドアを開ける。中は壁を本棚がびっしりと覆っていて、来客用の応接セットが部屋の角にあり、正面奥の窓際中央に机とパソコン、それに向かっている霧藤の姿があった。中は大きな窓のおかげで、廊下と比べ結構明るい。
「ああ、常磐さんじゃないですか。どうしました」
常磐の顔をチラと見ながらも、パソコンを打つ手を止めずに霧藤は言った。
「ちょっとお話したいことがあります。その、夢ワタリのことで」
「……」
霧藤はパソコンを打つ手を止め、立ち上がった。
「どうぞ。そちらへ」
ソファへ常磐を促す。
「ええと、今、お茶でも……」
と言いかけた霧藤を常盤は止める。
「あ、結構です。今、下で頂いて来たので」
「そうですか?」
霧藤は常磐の正面に座った。
「それで、どういう?」
「あの、俺、まだ夢ワタリっていうものを完全に信じたわけではないんですけど……」
「そうですか」
「でも、もし、本当にそれが存在するのなら、もしかしたら俺もその夢ワタリなんじゃないかと」
つい声が大きくなる常磐。
「あれ、予知夢じゃなかったんですか」
少しからかうような霧藤の口調。
「まあ、確かにあなたの見ているものは『予知』とは少し違うみたいですが」
「霧藤さんも言ってましたよね。もしかしたら俺もワタリかもしれないと」
確認するように言った常磐に、霧藤が笑う。
「よく覚えてますね」
「あのとき俺はもしかしたら、犯人の夢に渡っていたんじゃないかと思うんです」