序章
序章
「昨夜、霞野の住宅街に住む一家が何者かに殺害されるという事件が起きました」
つい先ほどまで動物園で産まれたばかりの赤ちゃんライオンの話題を、満面の笑顔で伝えていた若い男性アナウンサーが、急に神妙な面持ちになり、そう言った。
「現場と中継が繋がっています。現場の山下さん」
画面が切り替わってどこにでもあるような住宅地のマンションを背にした女性リポーターが、画面に映し出される。
「はい、山下です。今、私は現場となったマンションのある霞野の住宅街に来ています。私の後ろに見えます、あちらのマンションの六階でその事件は起きました」
手でそのマンションを示しながら、一度カメラから原稿に目を移すリポーター。
映像が録画に切り替わり今朝の捜査の様子を流す。わざわざ隣のマンションの屋上から撮ったのであろう上からの視点で、現場のマンションの一室へと入っていく警察や捜査員の姿を映しながら、リポーターの説明は続く。
「殺害されたのは、大学講師の朝日奈 陽介さん四十五歳と妻の明子さん四十三歳、長男の光さん十九歳です。次男の鈴君十五歳は一階の駐車場脇に倒れているところを発見され病院へ運ばれましたが、意識不明の重体となっています」
画面には死亡した三人の顔写真が映しだされる。何かの証明写真なのか、白い背景にまっすぐ正面を向いた生真面目な面持ちの朝日奈 陽介の写真。妻の明子の写真はどこかに旅行にいったものから切り取ったのか、体が横を向いていて、顔だけをカメラに向けた笑顔の写真。長男の写真は卒業アルバムから持って来た、高校生の少し照れたような笑顔だった。
いつも思うのだが、ああいった写真はいったいどうやって手に入れるのだろう。マスコミの手際のよさには感心する。妻の写真は少し若すぎる気もするが。
「亡くなった三人の死因はナイフで刺されたことによる出血死とされていますが、次男の鈴君は犯人から逃げようとして、ベランダから落下したと見られています」
そう、あの子は必死に逃げようとしていた。
「警察は鈴君の意識が戻り次第、事情を訊きたい方針ですが、犯人に刺されたと見られる傷もあり、意識不明の重体で今も危険な状態が続いているということです」
あの高さで頭から落ちてまだ生きているとは。でも、おそらくは時間の問題だろう。
「室内は荒らされており、警察は強盗目的の犯行も視野にいれ犯人を捜索中です。なお犯行当時、現場から走り去る車が目撃されており、車に乗っていた人物が事件となんらかの関わりがあるとして、行方を追っています」
残念ながら、私は車には乗らない。
「閑静な住宅街で発生した残酷な事件に、周辺の住人にも不安が広まっています」
お決まりの言葉を口にしたアナウンサーに興醒めしながら、私はテレビを消すと部屋を出た。