全ては出会う事から始まる
「み…せん!」
「すみま…!…ますか!」
何処かから大きな声が聞こえ、私は意識を徐々に覚醒させる。
どうやら、知らない間に眠っていたらしい。
少し目を開けると、木目が見える。どうやら机に突っ伏したまま寝てしまったらしい。動こうとすると、長いこと固い机で寝てたらしく、体がにギシギシと軋み地味に痛い。
「すみません!誰かいらっしゃいませんか!?」
少し離れた場所からそんな事が聞こえて来る。
「んん…めんどくさいなぁ…」
ゆっくり身体を起こし、辺りを見回す。
目の前には、書きかけの書類とカラフルな色を吐き出すビーカー等が私の周囲に円を描くように置いてある。
はて、以前の私は何を作っていたのだろうか?
涎の後が付いた書きかけの書類を摘んで眺めていると、ドンドン!と玄関の扉を叩かれる音がした。
「うん…居ないふりしよう」
こんな辺境な土地に来る奴なんて面倒な仕事を持ってくる王の使いか、迷った旅人だ。
使いなら、私が留守だと知れば帰るだろうし、旅人なら自分でなんとかするだろう。
私は気にしなかった事にして再度机に突っ伏して目を閉じる。
なんかあれば起きたら処理しよう。
明日の私に応援をしながら寝ようとする。その瞬間、バキィ!と凄まじい音が響き渡り飛び起きる。
「なに!?」
「うわぁぁ!壊しちゃったぁぁぁ!」と遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。
「なんなの!?魔獣でも入って来た!?」
「誰かいらっしゃるんですか!?ごめんなさい!扉を壊し…あぁ!またぁぁ!!」
バタバタと慌ただしい足音と、ガチャン!パリン!と何かが割れ、きゃぁぁ!と絶叫に近い悲鳴が響く。
「わ、分かった!今すぐ行くからこれ以上は壊さないで!!」
ガタガタと机と椅子を激しく揺らし、ガチャガチャと実験器具が悲鳴を上げる。
行きたくないが、これ以上は貴重な実験器具を全て壊されてしまいかねない!
勢いよく上半身を起こそうとしたその時。
「あれ?」
一瞬、身体に謎の浮遊感。
違和感を感じて脳が思考停止していると、寝起きでぼやけた視界が、正面・天井と止まる事無く下に流れていく。
「あっ!やばっ!んにゃぁぁ!!?」
椅子ごと後ろに倒れていると直感で理解し、抵抗しようとして足をばたつかせるも、机の下にある何かにガツンッ!と足の小指をぶつけ、あまりの痛みに思わず声が出る。
激痛に涙を流しながら、もうダメだと覚悟しながら私は後ろから倒れ込み意識を失った。
次に目が覚めたとき、私の視界には心配そうに顔を覗き込む少女の顔が間近に広がっていた。
「あっ!目が覚めましたか!?凄い音がしたから慌てて見に行ったら倒れてて、死んじゃったかと思いましたぁ…」
「あぁ…君が何処の誰かは分からないけど、介抱してくれたみたいだね、ありがとう」
良かったぁ…と涙ぐむ少女を見て、起き上がろうとすると、ぶつけたらしくズキっと頭が痛む。
患部を触ろうとすると頭下には柔らかい感触があった、どうやら私は膝枕をされているらしい。
「あっ、ダメですよ。しばらく安静にしないと!」
少女は慌てた様子で私の身体を両手で添えるように優しく抑える。
別にそこまで気にしないで大丈夫だと伝えて起き上がろうとするが、身体がビクともしない。
正確には、彼女に当てられた両手。触れる程度の感触しかないその手を当てられて以降どんなに力んでも肩すら僅かに動かせないのだ。
まさか、何かの魔法?それか脱力させるとかの何らかの能力?この少女はなんなんだ?
私は無駄な抵抗を止めて、混乱しながら少女を観察する事にする。
細く、優しそうで吸い込まれてしまいそうな瞳。私が思わず可愛いと認めてしまう程に整った顔立ちは、昔何処かの店で見た綺麗な人形を思い出させる。
だが、私を無理やり叩き起した挙句に無意識だろうが不思議な力で拘束までしているのだ。やはり特殊な血筋か…?
私が警戒をしながらまじまじと見ていると、不意に目が合う。
少女は、ひゃっと声を上げると私の顔に垂らしている銀髪を巻き込むように顔を両手で隠してしまった。
そして、最初の時とは別人のようなか細い声を出す。
「あっ、あまり見つめないでください…その…フィオネ様に見られると、あまりの可憐さに心臓が止まってしまいそうです…」
思考が止まる。
それと同時に、私は転がるように膝枕から脱出すると数歩距離を開けた。
「助けてくれたのは嬉しいけど、君は誰なのか教えてもらって良いかな?誰かが迷って尋ねて来ることはあるけど、君が私の名前と住んでる家を知ってるなんて普通じゃないよね?目的は?」
後ろ手に回した手の中に愛刀である小型のナイフを出現させて様子を見る。
「ち、違うんです!私はただフィオネ様に会いたくて!それに、ここに住んでるって聞いただけで本当に会えるなんて思わなかったんです!」
「聞いた?誰に?名前はまだしも、私が住んでる場所なんて知ってる奴は限られてる筈だよ。もしかして私を殺しに来た?」
あらゆる可能性を考えながら何時でも戦えるように、平然を装いつつナイフを強く握る。
「ち、違うけど違わなくて!王様のご命令なのは事実ですけど、私は祖父の遺言と王様の命に従ってフィオネ様に弟子にして貰いたかっただけなんです!!嘘だと言うなら今すぐ切って貰って構いません!むしろフィオネ様に切られるなら本望です!」
少女は私が警戒を始めた事を察すると、早口で捲し立てるやいなや涙をボロボロ流しながらおもむろに胸元に手を当てると勢いよく脱ぎ、今にも切って下さい!と言わんばかりに頭を左に倒し、真っ白な首を晒す。
「でも、少しでも信じて頂けるならお話だけでも聞いてください…ちゃんと証拠の書類もございますので…」
じんじでぐだざいぃぃとぐすぐすと泣いている姿を見ていると、まるで私が虐めているのではないかと錯覚してしまう。
「はあ…分かったわよ。信じるかは別として、話くらいは聞くから泣きやみなさいな。まあ、散らかってるけど座って、お茶くらい出すわ」
私は、ため息を吐くと警戒度を1つ下げる事にして手元のナイフを消すと、ありがとうございますぅ…と泣きじゃくる少女に手を差し出す事にした。