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9/22

油断するとバカを見る

「魔力を感じるんだよ」

「あぅ?」

「五感をすべて断ち切った状態で、魔力を感じる。それでわかるでしょ、ヘイゼルなら」

 

 二日後、家に帰ってきたイーゼル兄さんの部屋に押しかけ、魔力の操作のコツを聞くと、そんな答えが返ってきた。


 魔力を五感を断ち切って感じる? どゆこと?

 

 兄さんの言葉に首をかしげると、兄さんに小さく溜息を吐かれる。

 

「ヘイゼルは魔力を目視してる。それがそもそもの間違いなんだよ。魔力はあくまで一種の概念。ヘイゼルが見えてると思ってるものは魔力の本質ではない。その本質を理解しない限り魔力の操作はうまくいかない」

 

 疲れてるんだけど、とぼやく兄さんの言葉は聞き流して、得た情報を審議する。


 ……うん、よくわかんない。

 

 魔力の本質? なにそれ?

 いつも見ている白いモヤモヤは、魔力そのものではないってことかな。


 あ、でもそうか。魔力は超自然的存在。目視できるような物理的な存在ではない。それが見えるはずはないか。


 じゃあわたしがいつも見ているあれはなんなんだろう。

 

 というか五感を断ち切った状態で感じるって矛盾してない?

 じゃあ何で感じるの?第六感?


 うーん、こればっかりは考えてもよくわかんない。

 

 

 試しに目を瞑って、兄さんの魔力を感じるように集中する。

 

 うーん、結構難しい。自分の魔力ならわかりやすいんだけど、やっぱり他の人の魔力って感知しにくいなあ。


 深く呼吸を繰り返す。吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 それを何度も繰り返して魔力を探す。

 

 まずは目を閉じる。これで視界はなし。

 音も、匂いも、感触も、味も、全部ゼロ。

 感じようとするな。断ち切れ。そう何度も体に言い聞かせる。

 

 次第に、世界がフェードアウトしていく。


 見えているいろいろが、この世から失せるような。ううん、違う。いつも見えてる形から遠く離れた、ねじれ切った形になるような。

 たしかに存在しているのに、その存在はいつもとは違う。激しい違和感。


 その違和感をねじ伏せて、ねじれて行く世界を第三者の目線から見つめる。

 

 

 って、うわ。これ、結構キツイ。頭いたい。無理。

車酔いを5倍に濃縮したような感覚。世界がぐるぐると回っているような気がする。


 無理。これ以上この集中は維持できない。

 

 そう思って目を開くと、相変わらず無表情の兄さんの表情が目に入る。

 

 よかったー。なんだろ、あのままやってたらもう二度と目見えなくなるんじゃって、一瞬ちらっと思ったんだよね。そのぐらい怖かった。


 うーん、もしこれが魔力を第六感で感じるということならば、それはすごくリスキーなのではないだろうか。

 

 だってもしあの感覚のまま一生を過ごしたら、多分気狂うよ。無理無理。


 世界の見え方そのものを捻じ曲げるというのは、わたしの想像を超えすぎている。

 

 てか、兄さんはいつもあの状態で生活してるわけ?それって……頭おかしいやん。無理やん。死ぬやん。

 

「それは単にヘイゼルが慣れてないから。そもそもさっきの感覚は、ある程度魔術を取得すれば自然と身につくものに過ぎない。ヘイゼルの場合は、それを体が追いつく前に習得させようとしているからズレが出ているだけだよ」

 

 あー、確かに魔力に身体が追いついてないってのは納得。

 

 ていうか、その話からして魔術ってこんな急ピッチで覚えるものではないんじゃないですか? もっとゆっくり慣らしてく感じじゃないんですか?

 

 いくら暗殺一家といえども限度があると思うのよ。限度が。


 いやさ、ここ数ヶ月ずっと生き残るためなら仕方ないか〜って思って、馬鹿みたいな訓練メニューにも文句言わずに従ってきたわけよ。


 でもそろそろ限界が近いのです。しんどい。もっとふわふわ赤ちゃんとして甘やかされたい。


 あー、なんでこの家に生まれ変わっちゃったかな。不運じゃ。


 もう早いとこジゼルに当主になってもらって、この家ほっぽってどっか行きたいよ。


 はあ、平凡な人間ルートはどこへと行った。結構マジで、この家からさっさと抜けないとわたしの凡人ルートが閉ざされてしまう。

 

 そう思って頬を膨らませると、兄さんに不思議そうな顔をされる。


 それから、わたしを哀れんだような目で見て、それから……。

 

 

「一分一秒でも早く習得する必要があるのは当然だろ? ヘイゼルは、ジゼルを育てるための道具に過ぎないんだから。ヘイゼルには最初から選択権なんてないんだよ。………やっぱり邪魔だな、その自我」

 

 そう発する兄さんの声には、一切の色がなかった。


 底冷えするような、真っ暗な音。それは、憎悪とかの感情よりも、数倍恐ろしい。

 

 何? なに急に?

 自我が邪魔? どういうこと?


 本能的に自分のさっきの思考が兄さんのトリガーを引いてしまったことを察する。

 

 家を出たい。

 

 確かにさっきわたしはそう考えた。

 ていうか、わたしはそのために魔術を覚えている。いつかこの家から出た時に、無事生き延びられるように。

 

 だってわたしは腐ってもこの家の……伝説のヘレンザック家の人間だ。何かの間違いで外に出た時それがバレたら、わたしの命の保証はない。


 内部を知る貴重な情報源。そう思われたら、ありとあらゆる人たちから狙われるのは目に見えてる。

 

 だからもしそうなっても対抗できる力を持とうとして、修練してきた。


 でも、多分その目的はこの家の意思とは食い違ってる。

 

 わたしは父さんや、おばあちゃんや、兄さんや、母さんにとっては、ヘイゼルである前にヘレンザック家の子女なのだ。


 わたしが家を出るなんて、許される行為ではないのだ。

 

 ジゼルが当主になったら家を出てもいい。おばあちゃんはあのときそう言った。

 

 でも今となったらわかる。あれは、額面通りの意味じゃない。

 この家の人間は、例えジゼルが無事当主になったとしてもわたしを素直に逃がしてくれなんかしない。

だってわたしは、『使える駒』だから。

 

 ジゼルが当主になったら、今は父さんにあるわたしの生殺与奪権が、ジゼルに移るだけなんだ。

 

 わたしは逃げたい。周りは逃したくない。

 見事なまでの意見の不一致。


 そんな中でわたしが家を出たいなんてどストレートな意見を出しちゃたから、兄さんが実力行使に出ようとしている。これが今の状況。

 

 うん、完全にわたしの自業自得じゃん。


 周りの状況をロクに考えもせず、家を出たいなんて思考に乗らせてしまったから。だから今わたしはこんな状況に陥っている。

 

 かんっぜんに舐めてた。油断してた。


 ここ数ヶ月の案外安全な毎日に緊張感が緩んでたのかも。この家は、わたしにとっての敵地なのに。最初から。


 この家にとって生まれつき記憶と倫理観を持っているわたしはただの危険分子。向こうの気が変わって、わたしを利用する方から殺す方へと方針転換する可能性は十分にある。


 それを、わたしは忘れていた。


「あ、やっとわかったんだ、自分の状況。もうちょっと早く気付いてればよかったね。どうでもいいけど」

 

 そこまで考えると、兄さんの声が背後からそっと聞こえる。

 

「ヘイゼルのその思考(じんかく)、うちの家にとっては邪魔でしかないんだよね。もう少しおとなしくしてくれそうだったら、直接手を出すつもりはなかったけど。残念だったね、もうゲームオーバー」

 

 わずかに兄さんの口角が上がる。


 手を出すつもりはなかった。過去形。ということは今は………。

 

 思わず後ずさる。でもそれにも限界はあって、しばらくすると壁にぶち当たる。

 

「その程度の魔術が使えるならもういいよね。配慮しなくて。死にはしないだろうし」

 

 いつもの兄さんじゃなかった。

 

 それは何かスイッチが切り替わったような。そんな感覚。兄さんの中でのわたしが、妹のヘイゼルからただそこにいるだけの存在に変わったのを感じる。

 

 思わず兄さんの目を見ると、やっぱりそこには何も映っていない。


 空洞。その言葉が一番似合うのは、多分兄さん。


 何より恐ろしいのは、兄さんは多分それを自覚していることだ。

 

 自分が中身のない、感情を抱くことのない、異質なものだと自覚している。それが何よりも、怖い。

 

「あーあ、本当はこれあんまりやりたくなかったんだけど。ヘイゼルのせいだからね」

 

 兄さんがそう呟くと同時に、部屋の魔力密度が増す。具体的には、部屋がミシミシいったりとか、ものが吹き飛んだりとか。

 

 反射的に魔力が自分の身を守るように一気に加速する。


 ヤバイ。これ、結構ヤバイ。


 兄さんの体から濃い魔力が出ている。つまり、攻撃準備態勢。そして兄さんの指先は、真っ直ぐにわたしに向けられている。


「に、いさん?」

「下手に動くなよ、ヘイゼル。その方が痛いだろうから」


 兄さんの魔力が指先へと集中して、圧縮される。魔術行使の前兆。その魔力は最初の透明の色から、少しだけ緑色を帯びる。系統魔術。操作魔術だ。


 どうやら兄さんのいちばん得意な系統は操作魔術らしい。緑色の透き通った色がゆっくりとわたしに向かって、手のように伸ばされる。


「そう、俺は父さんみたいに放出魔術とか強化とかは得意じゃなくてさ。……こうやって魔力で他人に干渉する方が相性がいい」


 かつん、と兄さんがわたしに向かって一歩間合いを詰めた。


「魔力で他人の頭の中に入り込んで、干渉(せんのう)する。いちばん得意なんだよね。わかる、ヘイゼル? 今俺がお前に何をしようとしているか」


 震えるままに頷く。わかるに決まってる。わたしの目は濃く魔力を纏った兄さんの指先に縫い付けられたままだ。


 兄さんの魔力は、多分触れた人を意のままに操作する効果がある。


 干渉、なんて兄さんは言ったけど、その言葉はきっと正しい。兄さんは、わたしの脳みその思考回路に魔力で干渉して、都合のいいように書き換えるつもりなんだ。

 

 最悪だ。この家がイカれてることはわかってたけど、ここまで酷いと思ってなかった。


 もしわたしが普通の赤ん坊だったら。前世の記憶なんてなかったら。多分わたしは道具として使われるのが当然だというような教育を施されて、この家のために一生利用されてたんだと思う。


 家を出たいなんて一生考えず、その身体をヘレンザックに永遠に捧げるような従順な奴隷として育てられたに違いない。

 

 でも、運良くか悪くかはわかんないけど、わたしには過去の記憶があって、正常な道徳観念を持っていた。


 それは、この家にとっては邪魔でしかない。ならどうする?

 

 決まってる。

 操ればいい。

 

 兄さんの魔術が具体的にどういうものかはわかんないけど、対象を操作するということが、強制的な肉体操作っていうだけじゃなくて、精神操作のような意味合いも含んでいるのだとしたら、もうわたしはほぼ死にかけてる。

 

 わたしの力で兄さんには抗えない。

 

「自我を奪うのは操作が面倒だから、思考誘導だけにしてあげる。大丈夫だよ、これがヘイゼルにとっての最善だから」

 

 兄さんがじわじわと近づいてくる。なに思考誘導って。マインドコントロールか。


 どうしよう。どうやって逃げる。ていうかどうやったら逃げられる。

 

「ヘイゼルがおとなしく従ってくれてるうちは操作する予定はなかったんだけどね。」

 

 この家に抗うんだったら、こうするしかないから。

 

 何の罪悪感も、葛藤も抱いてない。

 もう兄さんが、この行動を止めることはない。


 詰んだ。本当に詰んだ。

 


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